初めて目にする二代目メリー号は、確かに一代目よりも大きかった。確かにと言うか、あからさまに。
 何度も塗り直しされているのだろう。歳月など感じないほど綺麗に塗装されたメリーの間抜けな白い顔だけは、昔と変わらなかったが。
 そのメリーの顔を見て、ふっと顔が綻んだ。そして、自然と口から言葉が零れ落ちる。
「ただいま」
 船を下りたとき、最後に言葉をかけたのがメリーだったから。そのメリーに言葉をかけることで帰ってきた事を強く実感出来た。
 だが、物言わぬメリーに言葉をかけている自分の姿を脳裏で思い浮かべた途端、徐々に恥ずかしさを感じ始めた。その恥ずかしさを誤魔化すように、視線を横に向ける。
 その動かした視線の端に、驚いたような顔で自分を見つめるゾロが映った。
 どうやら今のを聞かれていたらしい。なんとなくばつが悪くなり、フイッと視線を反らす。
 そんなサンジの肩を、ゾロが軽く叩いてきた。先程メリーにかけたサンジの言葉に答えるように柔らかい手つきで、優しく。
 今度はサンジが驚きに目を見開き、ゾロの顔を凝視する。その眼差しに何か言いたげに口を開いたゾロだったが、結局何も言わずに口を噤んだ。
 肩に当てていた手をスルリと放し、下ろされた梯子に向かって真っ直ぐに歩き始めたゾロは、サンジの耳に聞こえるか聞こえないかといったくらい小さな声で、ぶっきらぼうなに呟いた。
「・・・・・・・・・行くぞ」
 その言葉に引かれるように、サンジの身体がフラリと動いた。着いていこうと頭で考える前に。そんな自分に数歩進んだところで気付いたサンジは、軽く目を見張った。なんで自分は素直にゾロの言うことを聞いているのだと。昔なら、「偉そうに命令するな」くらいのことは言って返しただろうに。いや、今の彼の口調は全然偉そうでは無かったが。
 そんな突っ込みをしつつも一度動かし始めた足を止めることは出来ず、サンジは小さく舌を打った後、梯子を昇っていくゾロの後を着いていった。そして、甲板に降り立つ。
 その途端、身体に馴染んだ。だが随分と長い間感じていなかった緩やかな揺れをその身に感じ、自然と頬が緩んできた。
「うわーーーっ!ひろーーーーいっ!」
 サンジに続いて甲板に降り立ったセイが、甲高い声を上げてはしゃぎだした。
 いつも年齢に見合わない大人ぶった態度を取ろうとするセイにしては珍しく、子供っぽい仕草で。
 そんなセイの傍らで、リョクはいつもと変わらぬ平坦な表情をその顔に刻み込み、なんの感慨も無さそうに辺りをキョロキョロと見回している。だが、彼もセイと同じように生まれて初めて足を踏み入れた海賊船の広い甲板を目にして興奮していることが、サンジには手に取るように分かった。セイほど感情表現が豊かな子供ではないから、パッと見分かり難いのだが。
 そんな状態だから、いつもは暴走するセイの動きを止めてくれるリョクも、今回ばかりはセイの行動を止めようとしないかも知れない。止めようと思う事すら出来ないだろう。そう考え、サンジは子供達へと声をかけた。
「おい、はしゃぎ過ぎて海に落ちるなよっ!」
「分かってるってっ!」
 怒鳴るようにかけた言葉に、セイが力強い声でそう返してきた。その言葉に同意するように、リョクもコクリと頷き返してくる。だが、視線はこちらに向けることなくキョロキョロと辺りを彷徨き、足を止めることなく甲板の上を駆け回っていた。
 そんな子供達の姿を見て本当に分かっているのだろうかと不安になり、眉間に深い皺を刻み込んだのだが、自分達が泳げない事は百も承知だろうから、危険なマネはしないだろうと、思っておく。
 と思った矢先に、生まれてから初めて足を踏みいれた広い甲板に興奮度が高まったのか、バク転をかまし始めた子供達の姿を目にして少々血の気を失せさせた。
「おいっ!背後には気を付けろよっ!落ちても助けてやらねーからなっ!」
「分かってるってっ!ちゃんと距離は測ってるから大丈夫っ!」
 怒鳴るようにかけた言葉に、トンッと軽い音をたてながら両足で着地したセイが、晴れやかな笑顔を振りまきながらそう言葉を返してきた。
 そう言われても心配になるのが親心というモノだ。はしゃぐ子供達から楽しみを奪うのは忍びないが、だからといって彼等が満足するまで見守っている時間が自分にはない。倉庫や冷蔵庫がどうなっているのかを見て、台所の設備を見て、それにあわせて出航までに食材や足りない調味料。必要な機材を揃えないといけないのだから。
 それに子供達を付き合わせるつもりはないが、だからといって彼等を好き勝手に遊ばせておこうとも思えない。何しろここは、海上なのだから。知らないところで落ちられたら、自分にはどうすることも出来ない。
 さて、どうやって二人の行動を止めようかと思案していたサンジに、甲板ではしゃぐ子供達の様子を笑顔で見つめていたチョッパーが声をかけてきた。
「大丈夫だ、サンジ。俺が見てるから。危ないことをやりそうになったら止めるし、万が一落ちたら、すぐにサンジを呼ぶから。サンジは安心して船の中を見て回ってくれ」
 かけられた言葉に、チョッパーの方へと視線を向けた。軽く驚きに目を見張って。
 そんなサンジに、チョッパーは力強く頷き返してくる。無言の瞳で、大丈夫だと告げるように。
 その瞳を暫し見つめた後、フッと顔を綻ばせた。
「………サンキュー。チョッパー。なら、ちょっとの間子守を頼むぜ」
「おうっ!任せとけっ!」
 微笑みながらそう告げれば、チョッパーは力強く己の胸を叩いて見せた。そんな彼にもう一度笑いかけた後、再度子供達へと視線を向ける。
「おいっ、お前等っ!チョッパーに迷惑かけんじゃねーぞっ!」
「はーーーいっ!」
 こんな時だけ良い返事を寄越してくる子供達に苦笑を漏らしたサンジは、一連のやり取りの間自分の傍らに立ち、同じように子供達を見つめていたゾロへと視線を移した。
 そして、軽く首を傾げながら問いかける。
「取りあえず、まずはキッチンだな。どこにあるんだ?」
「ああ、こっちだ」
 行き方だけ教えて貰おうと思ってかけた言葉に、短く答えたゾロがさっさと足を進ませ始めた。
 その動きと言葉から、彼が自ら進んで自分を案内してくれるつもりだろう事に気づき、サンジはポカンと口を開けた。ゾロがそんな事をするとは、思っていなかったから。
 問いかけては見たモノの、「そんなこと、ウソップにでも聞け」とでも言われると思っていたから。
「・・・・・大人になったって事か?」
 ボソリと、言葉が漏れた。
 あれからもう6年経っているのだし。
 子供達に囲まれて自分が成長したように、彼も自分が見知らぬ人々と関わった事で成長したのだろうか。昔のように、下らない事で怒鳴りあって殺し合いでもしているのではと思われる程の喧嘩をすることは、もう無いのだろうか。
 そんな自分の考えに少々どころかかなり寂しいモノを感じたが、そんな気持ちは表に出さないように気を付けてゾロの後を着いていく。自分にはもう二人の子供が居ることだし。下らない喧嘩を披露することが無くなったのだから、親としては良い事だと呟きながら。


 黙したまま足を進めるゾロの後に付いていき、彼が開け放ったドアの中へと歩を進めた。
 そして、軽く目を見張る。
「…………へぇ」
 まず最初に視界に飛び込んできた、想像していたよりも広いラウンジの様子に小さく感嘆の声を漏らした。がさつな男連中が多い船にもかかわらず、そこは綺麗に掃除され、整頓されている。
 誰かが毎日掃除しているのだろうか。初代メリー号に居た時の事を考えると、そんな姿を想像することは出来ないのだが。
 フラリと、誘われるように足を踏み出す。ラウンジに併設されたキッチンへと、足を踏み入れるために。
 そこは対面キッチンになっていて、ラウンジでくつろぐクルー達の様子がつぶさに見えるようになっている。そのキッチンをザッと見回した後、静かに自分の後を着いてきていたゾロに視線を向けた。
「誰がこんなキッチンにしたんだ?」
「ウソップだ。料理してる奴でも会話に加わりやすいようにってな」
「なる程。アイツの考えそうな事だな」
 直ぐさま返された答えに、ニヤリと口角を引き上げた。多分、この船の至る所にその手の気配りがされているのだろう。ラウンジほどではないが、船の大きさの割には広い作業スペースや大皿を置き易い食器棚など、新たに船を造る時に自分が要求しそうなポイントも幾つかクリアされている。
 そう言えば、作る料理の量に比べて作業スペースが狭いのだとぼやいていた事もあったかなと胸の内で呟きながら、そこで今までずっと視界の端に引っかけたままで真正面から見据えていなかった噂の鍵付き冷蔵庫へと視線を向けた。
 そして、そこの表面に張ってある黄ばんだメモ用紙を見て、アッと小さく声を漏らす。
「どうした?」
「・・・・・・・・コレ・・・・・・・・・・・・」
 その様子に首を傾げたゾロに、サンジは己の指先で目にしたメモ用紙を指し示した。
 途端に、ゾロが何かを誤魔化すように視線を反らし、素っ気ない声で答えを返してくる。
「・・・・・・誰も矧がそうとしなかったから、そのままになってんだよ。別に他意はねー」
「そのままって…………この冷蔵庫、買い換えてあるだろうが」
 その突っ込みに、ゾロはウッと小さく息を飲み込んだ。顔がほのかに赤くなった気がするのだが、それは自分の見間違いだろうか。
 驚きに目を見張りながらジッとゾロの顔を見つめていたら、ゾロが突然顔を横に向け、足を動かし出した。
 そして、素っ気ない声で言葉を発してくる。
「次は倉庫だろ。さっさと来い」
 返事も聞かずにさっさと歩き出したゾロの態度に呆気に取られたが、すぐにその顔に苦笑が浮かび上がった。どうやら照れているらしいゾロが、妙に可愛く見えて。
 だから、強引な彼の態度に食ってかかりもせずに素直に後を付いていく。なんで彼が自分の案内をしているのだろうかと今更ながらに不思議に思い、首を傾げながら。
 いや、最初に頼んだのは自分なのだが。
 頼んだ事には頼んだのだが、船内を案内して回れと言った覚えはないから、やはり彼が文句も言わずに船内を案内してくれていることが不気味でならない。
 だが、その事を指摘したら彼はすぐに不機嫌になるだろう。案内を止めてさっさと鍛錬に励み出すかも知れない。それならそれで探検気分で船内を回る事になるから良いかとも思ったが、船内探検をして楽しい年でもないので出来ることなら遠慮したい。
 そんな事を考えている間に倉庫にたどり着いた。
 中を覗き込んでみれば、そこはかなりの広さを誇っていた。しかも、ここにもどでかい鍵付きの冷蔵庫が備え付けられている。メリー号に乗っていた時代、何度要求しても手に入れられなかった鍵付き冷蔵庫が。
 思わずポカンと見つめていたら、ゾロが苦虫を噛みつぶしたような顔で告げてきた。
「お前が居なくなってからすぐに食料難に陥ったんだよ。ルフィのアホが好き勝手に食い荒らしやがってよ。どんなに叱りつけても倉庫荒らしは無くならなくてな。航海の最後は必ずと言っていいほど絶食するはめになったんだよ。で、ナミが切れて買ったのが、コイツだ。ちなみに、倉庫の扉にも鍵が付くから、必要なら常に閉めておけよ」
 コレが鍵だと放り投げられたものを慌てて受け取れば、そこには五つほど鍵がついていた。冷蔵庫に一個ずつに倉庫に一個と考えても、二つ多い。
 その事を不思議に思ってゾロの顔を見れば、彼はニヤリと口角を吊り上げた。
「ルフィ対策に倉庫の鍵は三つあるんだよ。ちなみに、三つの内の一つは壊そうと思ったらでけー音が鳴る」
「………あぁ、成る程」
 確かに、鍵が一つついていたくらいであの船長が止まるとは思えない。三つでも妖しいところだが、防犯ブザーでも鳴ればすぐに誰かが彼を止めに走れるから、食料を守れる確率は跳ね上がるだろう。
 そこまで周到に食料を守ろうとしているクルーの姿から、余程大変な目にあったのだろう事が簡単に推察できた。それと同時に、申し訳ない気持ちが沸き上がる。自分が船を下りていなかったら、そんな苦労をかけることは無かったのにと。
 自分の考えに気分を沈ませたサンジの心の内に気付いているのか居ないのか分からないが、ゾロが笑みの混じる声で言葉を続けてきた。
「今まではルフィ以外で持ち回りだったが、今日からはてめーが倉庫係だからな。任せたぜ」
 ニヤリと笑みながら告げられた言葉に、サンジは再度ポカンと口を開けて目の前の男を凝視してしまった。いい年した男が「倉庫係」とは。かなり笑える。この調子で色々な係が割り振りされているのだろうか。「洗濯係」や「掃除係」が居るのだろうか。その役目を言いつかった者達は、その仕事を全うしてきたのだろうか。ゾロも、ルフィも。
 自分の想像にクスリと小さく笑みを零した。そして、色が褪せ始めた細身のジーンズの尻ポケットにその鍵束を滑り込ませる。
「OK。責任持ってタチの悪いネズミから大切な食料を守ってやるよ」
 軽く答えたサンジに、ゾロが片眉を上げてみせる。戯けたような表情で。そんな普通のやり取りが妙にくすぐったい。元々喧嘩ばかりしていた相手だけに。


 その後、風呂とトイレに案内された。多分、女性達の希望だろう。湯船も洗い場もかなり広くなっている。
 これだけ広かったら、子供二人と風呂に入っても狭いとは感じないだろう。今まではすし詰め状態で湯船に浸かっていたが、そんなことは無くなりそうだ。今の子供達のサイズならば。
「部屋は狭いが、一応個室だ。人数が増えれば相部屋にもなるが、今は余裕があるから一部屋ずつだな。で、ここがお前の部屋だ。」
 指さされたドアに視線を向ける。それからもう一度ゾロの顔を見てみれば、お前が開けろと瞳で促された。
 その瞳に背を押されるように一歩足を踏み出してドアノブに手をかけ、引き開ける。
「・・・・・・・・・・へぇ」
 開いたドアの向こうを目にした途端、小さく声を漏らしていた。
 狭いと言っていたが、そこそこの広さがる。少なくても、今現在住んでいる家の自室よりも広い。自室に籠もって何かをすることが殆どないサンジには、十分すぎる程の広さがある。
 壁に設えられた本棚には、船を下りた時に置きっぱなしにしていた料理の本が綺麗に並べられ、クローゼットの中には洋服がかけられていた。細々とした、持っていた記憶が無かった小物類までもが、綺麗に整理されて置かれている。
 本当に自分のために用意された部屋なのだと言う事が、それでわかる。棚や床に埃が溜まっていることもない事から、常日頃からこの部屋の掃除もされていることが分かった。
 いつ戻るか分からない自分のために、いつでも迎え入れられるように部屋を整えてくれていたのだろう。その事にかなり嬉しくなった。あんな降り方をした自分に向けられた皆の優しさに胸が温かくなり、痛くもなる。
 そんな複雑な感情に揺り動かされながら室内を見回していたサンジは、ある一点に瞳を向けて首を捻った。
「……………やたらベッドがでかくねーか?」
 疑問を声に出し、そう狭くない室内にドドンと置かれたどでかいベッドをジロジロと眺め見る。
 部屋を狭くしているのは、このキングサイズのベッドのせいだろうとサンジは思う。なんでこんなデカイベッドが配置されているのだろうかとしきりに首を捻っていたら、背後から答える声が聞えてきた。
「そりゃあ、ゾロの希望だ」
「え?」
 その思いがけない言葉に驚き振り返ったら、ニヤニヤと人の悪い笑みを浮かべたウソップの姿があった。
「初代メリー号の時は狭い部屋で雑魚寝状態だっただろ?そのせいで誰かが大けがするたびに倉庫にベッド作ったり女部屋を占領したりしてたからさ。船を作り替えるときに個室を作ろうって話になって。で、どうせ個室にするなら、デカイベッドを入れてくれっ要求してきたんだよ」
「ゾロが?」
「ああ。その方が疲れが取れるだろうってよ。どこでも寝るゾロの言うことには信憑性があったもんじゃねーが、まぁ、それは確かに一理あるなって話になってよ。で、デカイのを入れたわけだ。だからここに限らず、どこの部屋のベッドもデカイぜ」
「・・・・・・・・・ゾロが」
 甲板で熟睡出来る男がそんな事を言うのかと、かなり驚いた。
 魔獣な彼も、人並みの神経を持っていたらしい。そんな言葉を込めたサンジの瞳に、ゾロが嫌そうに顔を歪めて見せたが、ウソップの言葉を否定しようとはしていないから本当の事なのだろう。
「………ゾロがねぇ………」
 その一連の出来事にも時の流れを感じて呆然と呟いたサンジに、ウソップはにやけた笑みを浮かべながら言葉を続けてきた。
「まぁ、そのベッドの広さを上手い事活用してたみたいだけどな、ゾロは」
「てめっ!ウソップっ!」
 からかうようなウソップの言葉に、ゾロが慌てて噛みついている。
 一瞬ウソップの言いたいことが分からず、ゾロが慌てている訳が分からなかったが、すぐにその理由に思い至って「あぁ」と、小さく声を漏らした。
 そして、ニヤリと口角を引き上げる。
「・・・・・・・・・・なる程。個室じゃぁやりたい放題出来るだろうからな。人目を気にしないで」
「そうはいっても壁が結構薄いからな。隣の声が聞こえてくるんだよ。いやぁもう。ゾロの女が船に乗るたびに隣から聞えてくる声に俺は悶々とした夜を過ごしたもんだぜ」
「・・・・・・・・ホホウ、さすが魔獣だな」
 冷めた瞳でジロリとゾロを睨め付けてやれば、彼はグッと言葉を飲み込んだ。どうやっらウソップの話は嘘ではないらしい。反論してこないのだから。
 しかし、黙ってはいられなかったらしい。サンジに向かってビシリと指さし、唾を飛ばしながら捲し立ててきた。
「知らない間に子供なんか作ってた奴にとやかく言われる筋合いはねーぞっ、この野郎っ!」
「やるだけやって、子供を産んで育てる甲斐性も無い奴には、なんも言われたくねーな」
 吠えるゾロに鼻で笑い返してやれば、彼は口を噤んで喉をグルグルと鳴らして見せた。
 本気で獣っぽいそんなゾロの仕草にもう一度鼻で笑い返してやったサンジは、ゾロが何かを言ってくる前にウソップへと視線を向け直し、話しかける。
「で、なんか用か?」
「ああ、ガキ共の部屋をどうしようかと思ってよ。子供部屋を作った方が良いなら停泊中に一部屋改造するけど。どうする?」
「あ〜〜そうだなぁ・・・・・・・・・・・・・」
 問われ、しばし考えた。そもそも、一緒に来る気なのかどうか本人に確認してもいないのだ。そんな状態でわざわざ部屋を作って貰うのはしのびない。
「いや、そこまでして貰わなくても良いわ。幸いベッドは無駄に広いし。三人で川の字書いて寝るさ」
 元々そう大きくない家に住んでいたのだ。子供は小さなベッド一つに眠らせていた。このどでかいベッドで三人寝ても、今寝ているベッドよりも広く感じるだろう。
 だが、ウソップはサンジの言葉を遠慮と取ったのだろう。本の少しだけ表情を曇らせた。
「それじゃあ、ベッドがデカイ意味がねーんじゃねーか?」
「そんな事はねーよ。ガキ共は俺にひっついて寝るのが好きみたいだし。同じベッドで寝るって言っても文句は言わねーだろ。逆に喜ぶと思うぜ?」
 だから気にするなと手を振れば、ウソップは釈然としない顔をしながらも小さく頷き返してきた。
「そうか?まぁ、そう言う事なら良いけどよ。本当に遠慮なんかするなよ?」
「ばーか。俺がそんな玉かよ。」
「そりゃそうだな。」
 軽い調子で返した言葉にクスリと笑ったウソップは、やっとサンジの言葉に納得したらしい。気持ちを切り替えるように会話を移してきた。
「キッチンの方はどうだ?棚とか足りるか?」
「そうだな・・・・・・・・・」
 問われて先程見たキッチンの様子を思い出し、幾つかの要求内容を脳裏に走らせて口にだそうとしたのだが、ここで言うよりも現場に行った方が良いだろうと思い直した。
「細々とあるから、その場で説明するわ。ちょっとつき合ってくれ」
「オッケー。任せとけって」
 ニヤリと嬉しそうに笑うウソップにサンジも皮肉げな笑みを返して足を踏み出した。新たな自分の城に向かうために。
 そして、ゾロの傍らを通り抜ける時に、彼の肩を軽く叩いた。
「わざわざ有難うよ。助かったぜ」
「・・・・・・・・いや」
 ニッと口端を引き上げながら礼を言えば、ゾロはしどろもどろに答えを返してきた。そんな反応になったのはさっきの言い合いが消化不良だからだろう。じゃなければ、六年ぶりに会ったから距離感が掴めていないのかも知れない。
 そんなゾロの肩をもう一度叩いてから、サンジはこれから先自分の居住地になるらしい場所を後にした。
 その背中にゾロの視線が突き刺さる。
 何か言いたげな視線が。
 いったい何を言いたいのか、その視線だけで読むことは出来ない。昔は多少なりとも分かった気がしていたのだが。
 酒を飲みたがっているとか、喧嘩をしたがっているとか。
「そんな要求されても、困るけどな……………」
「なんか言ったか?」
「いや、何でもねぇ・・・・・・・・・・」
 思わず漏れた一言にウソップが首を傾げて見せた。そんな彼にヘラリと笑って誤魔化し、他愛の無い話題を振る。
 まぁ、なんとかなるさと、思いながら。












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《20050522UP》












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