「ナミさん、ロビンちゃん。食事の用意が出来たよっ! ヤロー共っ、飯だっ! とっとと来いっ!」
 サンジが船に戻り、港を出てから一週間の時が経った。
 まだたったの一週間だ。にも関わらず、もう何年もずっと今の状態が続いているかのように違和感無く日々が過ぎている。
 彼が居ない間に崩れた生活リズムも、彼が戻っただけであっという間に正しくなった。彼が戻っただけで、彼の作る料理を食べるだけで、体調が良くなっていく。身体のキレが良くなった。しっかりと筋肉がついているのに、身体が軽く感じる。
 凄い男だと思う。本気で。改めてコックの重要性を実感した。この先彼が再び船を下りようとしても、誰も許可しないだろう。彼が作る温かくて美味い飯も、ホッと心が安まる空間も、もう二度と手放したくないから。
 目を閉じながらボンヤリとそんなことを考えていたゾロが、そろそろ飯の時間だろうから起きあがろうかと目を開けたところで、眩しいものが視界の端に映った。
 それと同時に、腹に強烈な痛みを感じる。
「起きろっ! 寝腐れ剣士っ!」 
「ぐわっ!」
 甲高い声と共に食らわされた攻撃に、ゾロはうめき声を上げた。
 攻撃の主は分かっている。その姿を見なくても。ここ最近ゾロにこんな攻撃を仕掛けてくるのは、一人しかいないから。
「――――セイ。いてーだろうが」
 低い押し殺した声で威嚇するように告げる。だが、言われた相手は全然気にした風もなく。ゾロの腹の上にまたがりながらニカリと、明るい笑顔を寄越してきた。
「ゾロがこんな事くらいで痛がる分けないじゃん。ウソを言ったら飯抜きだぜ?」
「クソコックがそんな理由で飯を抜くわけがねーだろうが」
「ちぇっ!」
 からかうように言い返してやれば、セイは盛大に唇を突き出した。
 そんなセイの腰を両手で掴み、彼の身体を持ち上げるようにしてその場に立つ。
 急に動いた視界にビックリしたのか、セイは立ち上がったゾロの首に腕を回してギュッと強く抱きついてきた。
 彼の行動に小さく笑みをこぼしながら、ゾロはゆっくりと足を踏み出した。その動きでゾロがラウンジに向かったことに気付いたらしい。セイは抱きついていた身体を僅かに離し、ゾロの顔を見つめてきた。
 その青い双眸を見つめ返したら、ニパッと満面の笑顔を返される。そして、楽しげに声を発せられた。
「今日はね、ジャガイモの皮むきしたんだ! でも、皮が厚すぎるッて蹴られた。すぐ怒るんだぜ、クソオヤジは」
 どうやら今日の仕事の報告をされているらしい。別に興味を引かれる話題でもなかったが、無視するのも大人げないので言葉を返しておく。
「怒りっぽいからな。アイツは」
「うん、すぐ怒るの。絶対にカルシウム不足なんだよ。人にはいっぱい食えって言ってるけど、自分はあんまり飯食わないし」
「そうか」
 続けられた言葉に適当に頷いたところで、ふと口を噤んだ。もの凄くひっかかる言葉を耳にした気がして。
「おい、お前………」
「随分とまぁ、楽しそうにしてんなぁ?」
 問いかけようとした言葉を遮るように、頭上から聞き慣れた笑み混じりの声が聞こえてきた。
 その声にチラリと視線を向ければ、そこには予想通りに、ニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべたサンジの姿があった。
「人の悪口で盛り上がってんじゃねーぞ、クソ野郎共」
「んなの、てめーがいつもやってることだろうが」
  からかいの色が大いに含まれたサンジの言葉に軽く返しながら、食堂へと向かう階段を上がっていく。そして、登り切ったところで抱えていたセイの身体をサンジへと放り投げた。
 それを危なげない手つきで受け取ったサンジは、自分の腕の中に入った子供を大事そうに抱え直す。セイは、先程までゾロの首に回していた腕をサンジの首へと巻き付けた。
「てめー、人の子供を乱暴に扱うなよ」
「てめーの子供がそれくらいの扱いでどうにかなるかよ」
 文句の言葉を吐くサンジに、口の端を引き上げながらそう返せば、彼は不愉快そうに顔をしかめた。
 その表情を視界に収めてから、食堂へと足を踏み入れる。そんなゾロの耳に、背後に立つ親子の会話が聞こえてきた。
「ちゃんと起こせたみてーだな。感心感心。で、今回はどうやって起こしたんだ?」
「今回はね、ジャンプして腹に膝をめり込ませた」
「成る程。それくらいやらねーとアイツは起きないだろうな。これからもドンドンやってやれ」
「うんっ! 任せてよっ!」
 交わされた会話の内容はゾロにとってはかなり酷いモノだったが、サンジの優しい声音とセイの嬉しそうな声に自然と笑みがこぼれ落ちてきた。チラリと背後に視線を向けてみれば、同じ顔をした小さいのと大きいのが顔を近づけて微笑みあっている。
 それは六年前には見られなかった情景だが、メリー号では既に馴染みのモノとなっていた。違和感はもう無い。
 同じ顔をしていても、セイの方がサンジよりも素直でかわいげがあるので、ゾロは密やかに彼の事を気に入っている。一生懸命背伸びをして、少しでもサンジの役に立とうとしている姿は微笑ましくもある。
 子供になんぞ興味はないが、アレだったら邪険に扱おうとは思わない。
 そんなことを考えながらどかりと自分の席に腰を落とすと、隣に座っていたナミがチラリと視線を流してきた。
「相変わらず遅いわねぇ。もっと早く起きなさいよ。ルフィに全部食べられちゃうわよ。最近のアイツ、止まるところを知らないんだから」
「そんときゃなんか作ってもらえば良いだけだろ」
「まぁね。今はもうサンジ君が居るし。次の食事時間まで何も食べられなくなるなんてことは無いでしょうけど」
 ニッと、何かを企むように。それで居てどこか嬉しそうに笑ったナミは、目の前の皿に載ったサラダにフォークを突き刺しつつ、言葉を続けてきた。
「でも、前と違ってサンジ君は子育てもしなきゃいけないんだから、あまり迷惑かけるんじゃないわよ」
「……分かってるよ」
「どうだか。あ〜〜、食糧の確保と残量に頭を悩まされなくて済むと、こんなに生活が楽になるのねぇ………気付かなかったわ」
「それを言うなら、『食糧を確保するのがあんなに大変な事だったとは知らなかった』だろうが」
 幸せそうに微笑みながらサラダを口に運んでいたナミに、ゾロは呆れながらそう返した。どこまでも自己中な女だなと、内心で突っ込みを入れながら。
 その突っ込みが聞こえたのか、一瞬驚いた顔をしたナミが、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて寄越してくる。
「あら、なに、ゾロ? そんなこと言っちゃって〜〜。サンジ君のありがたさがようやく分かったの?」
「なんだ、そりゃ。俺は一般論を………」
「魔獣のあんたが一般論なんて言葉、口にするのがおかしいのよっ!」
 楽しげに笑いながらそう言葉を返してくる事から、ナミが自分をからかっていることは分かった。だが、その言いようにはムッとする。ここらで一回締めておかねば、この女の増長は留まることを知らぬまま、規模を大きくしていくのではないか。そんな気がしてならない。
 そうなったら、自分は快適な生活が送れなくなりそうだ。
 そう考えたゾロは、ナミを黙らせる一言を発しようと口を開いた。
 が。その言葉が出る前に口を閉める。
 目の前に、ほかほかと湯気を上げる白米を差し出されたために。
 炊きたてなのだろう。その匂いだけでもおかずが三皿は食えそうな程かぐわしい香りが鼻孔をくすぐった。
「おう、サンキュー」
 茶碗を差し出してきたリョクに礼の言葉を述べれば、彼はコクリと頷いてさっさとその場を離れていった。
 そして、今度はみそ汁を椀に注いで持ってくる。
 黙々と、危なげない動きで作業する彼の姿を思わず目で追っていたら、ナミが再び声をかけてきた。
「あの子って、ホント無口よね」
「――――そうだな」
「あんたより無口よね」
「俺は別に無口じゃねーぞ。ってか、俺とアイツを比べるな」
「あら、だって、そっくりじゃない。それこそ、親子だって思うくらいに」
 キッパリと言い切ったナミは、そこでハッと息を飲み込んだ。
 自分の言葉に何か気付いたように。そして、恐る恐る問いかけてくる。
「まさか、本当にアンタの子………?」
「んなわけねーだろ」
 吐き捨ててみたモノの、気になりはする。自分にそっくりなあの少年の出自が。
 似た所など欠片もないのに彼を自分の息子だと言い張るサンジの態度にも、おかしなところがあるような気がしてならない。
「ってゆーかよ?」
 ナミが、小首を傾げながらゾロの顔を覗き込んできた。そして、秘密の話をするように、耳元でそっと囁きかけてくる。
「サンジ君の奥さんって、どこに行ったわけ?」
 それは、今現在、メリー号最大の謎だった。














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《20051215UP》























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