海賊にも海軍にも出会うことなく順調な船旅を続けてきたメリー号は、ログが示す島へとたどり着き、海賊旗を降ろした船を堂々と港に付けた。
 最初はどこか人目に付かない所に付けようと思ったのだが、街に向かうのに丁度良い場所に、船を止められそうな場所が見あたらなかったので。
 今までだったら、近場に停泊場所が無かったら、港からかなり離れる事になっても、人里離れた場所に止めていた。船長がトラブルメーカーな船だ。それくらい警戒しても警戒したり無いくらいなので。だから、港に船を付けるなんて事は間違っても出来なかったのだが、今現在、メリー号には二人の子供が居る。しかも結構幼い。そんな子供に街までの長い道のりを歩かせるのは可哀相だろう。そう考え、港に船を止めることにしたのだ。
 港に船を入れることに多少の不安はあった。だが、話し合った結果、こんな幼い子供二人を乗せた船を海賊船だと思う者はそう居ないだろうと考え、船を港に入れることにしたのだ。
 どう考えても堅気に見えない男も居るには居るが、そこはどうにでも誤魔化せるだろうと、楽観して。
 そんなに上手くいくかと内心で突っ込んだゾロの考えを裏切って、入港審査はあっさりとクリア出来た。いつもは不審な目で見られる事が多いチョッパーも、子供が抱きかかえている状態では出来の良いぬいぐるみに見えたのか、チラリと視線を向けられただけで「それはなんだ」の一言も無かった。
 そんな子供効果に、ナミは瞳を輝かせた。なにしろ、子供用のプレゼントまで貰えたのだ。
 そんなモノが貰えるのがこの港だけなのか、はたまたどこの港でもやっていることなのかは分からないが、タダで物を貰えたことに守銭奴のナミが喜ばない訳がない。
 並以上に喜びを見せたのが、プレゼントを貰った当の子供達だった。
 妙に大人びたところがある子供二人は、そのどう見ても安物だろうプレゼントを受け取り、全開の笑顔で礼を述べていた。いや、そんな笑顔を見せたのは一人だけだが。
 巻いている眉毛以外は文句なく整ったパーツを持ったセイの笑顔の威力は絶大だった。普通は一時間二時間かかるらしい審査が、ものの五分で終わらせる事が出来たのは、彼の邪気が欠片もない笑顔のお陰だろう。その上、普通は一人一つしか貰えないらしいプレゼントを、二つもゲットしてしまった。
「凄いわ、セイっ! あんた、将来大物間違い無しよっ!」
 無事に入港し終えた後、ナミはセイを手放しで褒め称えた。そんなナミの讃辞に、セイは照れくさそうにはにかんでいる。その顔がまた可愛いと思ってしまったのは、ゾロだけではあるまい。
 セイの笑顔でなんとなくほんわかしていたラウンジだったが、その空気をセイ自らが打ち壊すような発言をかましてきた。
「いや、オレは、オヤジのマネしただけだから………」
 その言葉に、お茶を飲んでいたウソップが盛大に口の中に入れていた液体を吹き出した。
 ナミの笑顔も凍り付いている。心なしか、ロビンの顔も。
 そんな空気を読めないのか。貰ったばかりの菓子袋を広げながら、リョクが小さく呟いた。
「――――あぁ、やっぱり。似てると思った」
「本当!?」
 兄弟の言葉に、セイの顔がパッと輝く。
「ッてことはだ。オレは着実にオヤジに近づいているって事だなっ!」
「いや、まだまだだろ」
「んだよ。どこら辺が駄目だって言うんだよ」
 あっさりと否定されたセイは、白い柔らかな頬をぷくっと膨らませながら文句の言葉を吐いた。その言葉に、問われたリョクは一度セイに視線を流した後、スイッと視線を反らしてしばし宙を睨み付けた。そこに答えがあるといわんばかりに。
 そして、短く返す。
「色気が足りない」
 その言葉に、チョッパーが持っていたカップをテーブルに落とした。
 ウソップは滝のような汗を流しだす。
 ルフィはなにも考えていないのだろう。目の前に積み上げあられたサンジ特製マドレーヌを口に放り込み続けている。
 そんなクルー達の様子を気にした風もなく、兄弟達は会話を続けていった。
「色気?」
「そう。肉屋のジェフが言ってた。『サンジのあの色気のある笑顔でお願いされたら、ついつい限界までまけちまうんだよな』って。だから、色気」
「――――そうか。オレはまだまだオヤジ程まけさせられないからな。お菓子も二つしか貰えなかったし。もっと修行をつまないと」
 何やら強く決意したらしい。腕を組みながら大きく頷くセイの言葉に、リョクは励ますように肩を叩いている。
 麗しい兄弟愛だ。
 いつもだったら、そんな兄弟の姿をほほえましく見守るメリー号のクルー達だったが、今はそんな気になれなかった。
「色気のある笑顔………」
 あのサンジに?と、ウソップが呟いた。
 皆ウソップと同意見なのだろう。小さくコクコクと頷いている。いや、皆ではない。ロビンは涼しい顔でサンジが入れた紅茶をすすっている。
 そして一つ。爆弾を落としてきた。
「彼、前よりも綺麗になったものね」
「はぁっ?!」
 ウソップ、ナミ、チョッパーの叫ぶような声が被さった。
 もの凄い勢いでロビンの方を見る、そのタイミングも。
「なに言ってんのよ、ロビンっ!」
「男が綺麗になんかなるかよっ!」
「サンジは前となにもかわってねーぞっ!」
「おう、かわってねーな」
 チョッパーの言葉に、今まで我関せずで会話を聞いているのかも妖しかったルフィが、突然相づちを打ってきた。
 その言葉に皆がハッとルフィの顔を見る。二人の子供も。そんな子供達に向かって、ルフィはシシシッと歯を向きだして笑いかけた。
「サンジは前から綺麗だ。綺麗で強い。その上メシが美味いっ! お前等、サンジの子供に生まれて幸せもんだなっ!」
 何がどう幸せ者なのか、クルー達には分からなかった。いや、ルフィ的にはメシが美味いだけで幸せなのかも知れないが。だが、それだけなら前半はいらないだろう。なんでそんな言葉を足したのだろうか。
 不思議に思い、メリー号のクルー全員は首を傾げたのだが、子供達にはルフィの言いたいことが分かったのか。はたまた肯定的な言葉が嬉しかったのか、二人はパッと表情を明るくした。そして、大きく頷く。
「うんっ!」
 力強く頷く子供達の声と、ラウンジの扉が開く音が重なった。
 倉庫のチェックをしていたサンジが戻ってきたのだ。
 室内に集まる仲間にとくに声をかけることもなく、手元の紙を見ながらブツブツ呟きながら冷蔵庫の方へと歩を進めていたサンジは、ラウンジの妙な空気を感じ取ったのか、顔を上げ、不思議そうに首を傾げた。
「――――なんだ?」
「なんでもねーっ! サンジっ! 今夜は上陸記念で宴会だっ!」
「はぁ? なんだって突然…………まぁ、まだ倉庫に残ったもんが結構あるから、ソレを使って盛大に騒ぐことは出来るけどよ」
 シシシッと笑いながらのルフィの言葉に不思議そうに首を傾げたサンジだったが、特に異存は無かったらしい。コクリと小さく頷いた。
 それから改めてナミへと視線を向ける。
「日持ちする食材は先に買いに行っておいて良いかな。あと、保存食を作る材料と」
 軽く首を傾げながら問いかけるサンジに、ナミはハッと息を飲み、気を取り直した後、軽く頷いた。
「ええ、良いわよ。とりあえず、船番はウソップにしておくから」
「俺かいっ!」
 条件反射のようなウソップの突っ込みを無視して、ナミは席から立ち上がる。
「待ってて。今からお金を用意してくるから」
 一旦部屋に引っ込みその場から抜けたナミだったが、ものの数分で戻ってきた。どうやら既に用意をして置いたらしい。
「はい、とりあえず、これだけ」
 サンジに手渡された財布は、いつも彼に手渡される財布よりもかなり薄かった。その財布を見て、皆は首を傾げた。この島の物価はそんなに安いのだろうかと。
 そんな皆の疑問に答えるように、ナミはニンマリと微笑んだ。そして、一言つけ加えてくる。
「サンジ君の値切りの腕の、見せ所よ?」
 その言葉に、ウソップとチョッパーはハッと息を飲み込んだ。そして、恐る恐るといった感じでサンジの様子を窺う。
 当のサンジは、ナミが何故そんな事を言い出したのか分かっていないのだろう。自信満々に笑い返しながら、力強く頷いていた。
「任せて下さい。予算の範囲内で最高の食材を集めてきますからv」
「お願いね。あ、荷物持ちにゾロを付けるから。好きなだけ持たせて頂戴」
「おいっ!」
「はい、ありがとうございますv さすがナミさん、細やかな気遣いだ〜〜v おら、クソ剣士、行くぞっ!」
 ナミには甘い声で答え、ゾロにはいつも通りのテンションで呼びかけたサンジは、ナミから渡された財布を尻のポケットに仕舞いながら踵を返した。
 ゾロに抗う隙など、与えずに。
「待って! オレ達も行くからっ!」
 その背を、子供達が慌てて追いかける。そして、スラックスのポケットに手を突っ込んで歩いているサンジの腕にぶら下がるように抱きつき、一生懸命何かを話しかけていた。
 そんな親子の姿を、なんとなく見送った。三人の間に入れない空気があるような気がして。だから追いかけることも出来ずにその場に立ち尽くしていたら、唐突に頭を叩かれた。
 しかも、結構強く。
「いってぇーなっ、このっ! なにしやがるっ!」
「ボケッとしてないで、さっさとついて行きなさいっ! んで、本当にサンジ君が色気のある笑顔で値切り倒しているのか、確かめてきなさいっ!」
 突然の仕打ちに眦を吊り上げながら振り返り、腹の底から怒鳴り返したのだが、怒鳴られたナミは少しも怯むことなく、ビシリとラウンジの扉に指先を突きつけ、命令口調で告げてきた。
 その言葉にこめかみに血管が浮き上がる。なんでこの女はこんなにも偉そうなのだと、腹が立って。
 が、偉そうに命令しているときのナミに何を言っても無駄だということは、長い年月共にいるので分かっている。下手に言い返したら何十倍にもなって返ってくるし、下手に時間をかけると先に出かけたサンジを見失ってしまう。そうなったら、余計にナミに怒られ、既に自分の首に掛かっている賞金よりも上回っている借金が増えることは、火を見るよりも明らかだ。
 ゾロは、深々と息を吐き出した。
「――――分かったよ」
 呟きには、諦めの色が多分に含まれていたが、ナミはとても満足そうに笑い返してきたのだった。





















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《20060605UP》

















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