「おせーぞ、クソ剣士。てめぇは自分の船の中でも迷子になんのか?」
 船を下りた途端、先に船を下りていたサンジに開口一番でそう言われた。
 馬鹿に仕切ったような表情で告げられた言葉に、先ほどのナミとのやり取りで溜まった鬱憤もあり、かなり腹が立ったが、ここで言い返したら言った言葉の10倍になって返ってくる事が分かっているので、文句を言わずに押し黙る。先に行かれなかっただけでも良しとしないといけないだろと、自分に言い聞かせながら。
 そんなゾロに一瞬不気味なモノを見るような目つきをしたサンジだったが、すぐにいつも浮かべているいけ好かない笑みを浮かべ、子供の手を引きながら道を歩き始める。
 その背を、ゾロは無言で追った。
 久しぶりの陸地に興奮しているのか、セイが盛んにサンジに話しかけている。そんなセイの言葉に気の無さそうな声で返しながらも、サンジがちゃんと話を聞いているのは端からみていても分かる。積極的に会話に参加していない、もう片方の息子の事を気にかけていることも。
 そんな姿を見ていると、彼が人の親になったのだと言うことが嫌でも痛感出来た。いや、別に嫌ではないけれど。
 嫌ではないが、昔の彼とは違うのだと思うと、胸の内でモヤモヤするものがあった。それがなんなのかは、よく分からないが。
 正体の分からないモヤモヤに首を傾げている間に市場が目の前に迫り、活気に溢れた通りへと足を踏み入れた。
 今日は日持ちする穀物や調味料しか買わないということだったが、次の買い物の下見をしているのか、サンジは生鮮物を扱っている店も片っ端から見て回り、店主に色々話しかけている。
 その姿を見て、そう言えば昔もこんな風に買い出しに出ていたなと、思い出す。どこの店で買っても同じだろうと言って怒られた事も。一番安い物を大量に買い込めば良いだけだろうと言って、怒られたことも。
 それらの出来事は随分昔の話なのに、つい最近な気もするから不思議だ。
 懐かしい情景を目にして心を過去に飛ばしていたゾロだったが、自分達にむけられている視線に気付いて意識を現実に引き戻した。
 殺気は感じない。殺気を感ていじたら、もっと早くにその視線に気付いていたはずだ。だから殺気ではないが、妙な熱を孕んでいる。その視線は一つではなく、複数ある。その殆どが前を歩くサンジの背中に向けられ、何かを確認するように時折ゾロにも向けられる。
 いったいなんなのだろうかと視線の先を追ってみたら、そこには複数の男達の姿があった。彼等はしきりにこちらに視線を投げかけながら、コソコソと何かを囁きあっている。
 あからさまに自分達を意識しているその動きに、どんな悪巧みをしているのだと警戒して意識を研ぎ澄ますと、風に乗って男達の会話が聞こえてきた。
「――――良いケツしてるよなぁ」
「あぁ、あの腰のラインがたまんねぇ……。抱いたら折れそうな程細いぜ」
「髪も綺麗だしなぁ……あんな金髪、見たことねぇよ」
「一度お相手して貰いてぇなぁ………」
「ナンパしてみるか?」
「止めとけよ、旦那持ちだろ、アレは。連れてるガキに似た男が後ろからくっついて歩いてるぜ?」
「あ、ホントだ。畜生、羨ましいなぁ、あの男……」
「でもよ、身体は良くても不細工って事はあるぜ?」
「いやいや、アレは美人だよ。連れてる金髪のガキ、滅茶苦茶可愛いじゃん。奥さんは絶対に美人だ」
「あ〜〜もったいねぇ。良い女が一人の男に縛られるなんてよぇ……しかもあんなダッさい男に。世の中間違ってるぜ……」
 そんなことを言い合っている男達の言葉に、ゾロはめまいを覚えた。
 アレのどこが女に見えるのだと。そう突っ込みを入れたくて仕方ない。
 確かに、サンジの身体は細い。そこらの女よりも細いのではないかと思う。顔もまぁ、整っている。少なくてもウソップほど変な顔ではない。眉は巻いているが。
 しかし、女と間違えるような容姿ではない。しかも強力な蹴り技を持った凶悪なコックなのだ。しかも病的なまでに女好きだ。女な訳がない。
「いったいどういう目をしてやがんだ……」
 と、思ったが、それは仕方の無い事なのだろうかと思い直す。以前よりも痩せたのか、昔はピッタリだった細身のスーツが多少余っている状態だ。そのせいで、身体の細さが強調されている。
 彼が一人で立っていても十分に細く見える身体なのに、今現在男の中でもかなりしっかりとした体格の自分と歩いているのだ。細い彼の身体が余計に細く見えていることだろう。
 その上あの長い金髪だ。あそこまで長い髪を持ったヤツは、女でもそう居ない。背後から見たら女に見えないことも無いかも知れない。
「だからって、女だって思うのはなぁ………」
 呻くように呟いたゾロの視界の先で、サンジが振り返って軽く手をふってきた。どうやら出番が来たらしい。
 ゾロは小さく息を吐いてから彼に近づいた。
 そういや、値引きの腕前を観察しないといけないんだったと、自分に与えられた使命を思い出しながら。

























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《20060619UP》

















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