「――――で、どうだったの?」
ルフィの希望通りに宴会となった甲板の上で、ナミはゾロににじり寄りながら問いかけた。
そんなナミに、ゾロは心底嫌そうな顔をしながらも小さく頷き返してくる。
「――――確かに」
「確かに?」
「笑顔で値切り倒してたぜ」
告げられた言葉は、求めていた物とはほど遠く、自然とナミの眉間に皺が刻み込まれた。 ナミの機嫌が急降下したことに気付いたのだろう。ゾロはさらに顔を歪めながらも言葉を続けてきた。
「昔も買い物の時はやたら嬉しそうにしてたから、そんなに変だと思う程でも無かったぜ。……まぁ、オヤジを相手にするときの愛想は、昔よりも良くなったかもしれないけどな。色気云々は、俺にはよく分からなかったが」
「――――ふぅん。そう」
面白くない報告に、ナミはしらけた気分で相づちを打った。もっと胸が脇躍るような報告が欲しかったのだが。
とはいえ、ゾロにそんな報告を求めるのが間違いだろう。例え面白い事があったとしても、彼のトークでは面白さが半減していただろうから。だからといって面白さを求めてウソップに頼んだら、あること無いこと言われそうだからいやだったのだが。
とにもかくにも、昔サンジと良く買い物に出かけていたゾロが昔とさして変わらないと言っているのだから、そうなのだろう。ゾロがわざわざ嘘と付く意味などないのだから。なので、リョクは肉屋にからかわれていたのだろうと結論づける。
「まぁ、ソンなことだろうとは思ってたけど……」
呟きながらもふて腐れたように軽く唇を突き出しながら、手にしていたグラスに口を付けた。
そんなナミの様子を見て、ゾロはホッと息を吐いた。ウソがばれていない事に安堵して。
実際は、かなりハラハラしていたのだ。サンジが値切り倒している様を見て。
何かをしたわけではない。あくまでも以前と変わらない感じで値切っているように見えた。だが、ちょっとした視線の配り方、品物を手に取る時の仕草が妙に色っぽくて、傍らでその様子を見ていたゾロは、そんなサンジの首根っこを掴んで船に強制送還したくて仕方なくなる気持ちを抑えるのに苦労していたのだ。
サンジと言葉を交わしながら鼻の下を伸ばしているオヤジ共に、男相手に鼻の下を伸ばしてるんじゃねぇと、怒鳴りつけたくて仕方なかった。商品を渡す際に態とらしくサンジの手に触れたり、商品説明をするときに無駄に身体を近づけたりしてくるオヤジ共には、斬り殺したくなる程殺意を覚えた。
何でかは、分からないが。
訳の分からない理由で人を殺す訳にもいかず、ゾロは買い物に付き合っている間、沸き上がる衝動を落ち着けるのに必死だった。
だからだろう。サンジの尻ポケットに収められた財布を狙って、ゆっくりと手が伸びてきたのに対する反応が遅れた。
ソレの存在を見つけて慌ててそいつを取り押さえようとした瞬間、スリの手が突如伸びてきた木刀に弾かれた。リョクが腰に差していた木刀でその手を叩いたのだ。
その事に気付いたサンジが、店のオヤジと言葉を交わしながらチラリと視線を投げ、ポンっと軽い手つきでリョクの頭を撫でた。褒めるように。
母親を守るために父親よりも強くなりたいと稽古を積んでいるヤツに助けられてたら、世話無いだろう、と内心で突っ込みを入れながらその様を見つめていたら、視線を上げたリョクと目があった。
ジッと、静かな瞳で見上げてくる彼の顔を見て、師匠としてはここは褒めるべきなのだろうかと一瞬考える。そうした方が良いだろうなと、直ぐさま答えを導き出し、サンジと同じようには出来ないが、自分なりに褒め言葉をかけてやろうと口を開き書けたところで、なんの前触れもなく突然、リョクがこちらに視線を向けてきた。
感情の色が見えない、真っ直ぐな瞳に言葉を飲み込む。
すると彼は、彼にしては珍しく、ゆるりと表情を動かしてきた。
口端を引き上げ、ニヤリと、子供っぽくない、どこか勝ち誇ったような表情を浮かべる。
同じ縄張りの中にいる雄に、挑戦状を叩きつけるような笑みを。
その笑みを見て、ゾロは呆気にとられた。なんでこいつにこんな目で見られなければならないのだと。
お前のライバルは俺じゃなくてサンジだろうと言いたくなったが、リョクの視線はすぐにサンジへと移ってしまったので、言葉をかけるタイミングを逸してしまった。
その短いやり取りに何やら妙にショックを受け、それなりに凹んだゾロは、宴会が始まり、好きなだけ酒を飲んでいる今現在も微妙に浮上出来ないで居たのだった。
そんなゾロの心情に少しも気付いていないナミは、先程交わした会話の事も忘れ、機嫌良く目の前に並べられた料理を突いていた。
そこで唐突に何かに気付いたらしい。小さく声を上げながら、軽く目を見張った。そして、傍らでチョッパー相手に嘘の自慢話をしていたウソップに問いかける。
「そう言えば、あの子達の誕生日って、いつなのかしら」
「誕生日? セイとリョクのか?」
「そう。宴会する理由が二人分増えたんだから、確認しておかないと。聞かなきゃ言わなそうだし」
「おうっ! 宴会は沢山しないとなっ!」
宴会という言葉に反応したのか、ルフィが骨付き肉を振り上げながら大きな声で返事のような言葉を返してきた。
そんなルフィに苦笑を返したナミは、新たな料理を手にしてキッチンから甲板へと出てきた二人の子供を傍らへと呼び寄せる。
「なに? なにか食べたいものでもあるの?」
どうやら料理のリクエストだと思ったらしい。小走りに駆け寄りながら問いかけてくるセイに、ナミは軽く首を振った。
「違うわ。アンタ達の誕生日を聞いておこうと思って。いつなの?」
「誕生日? 八月十五日だけど」
それがどうしたんだと言いたげに、セイが首を傾げながら答えを返してきた。そんなセイに、ナミはニコリと笑いかけながら言葉を返した。
「この船では、みんなの誕生日にパーティをする事になってるから、聞いておこうと思って。リョクは?」
「同じ日」
なんで自分にも聞くのだと言いたげなリョクの瞳と言葉に、甲板の上に一瞬沈黙が落ちた。
問いかけたナミも軽く固まっている。
「――――あぁ、同じ日なんだ」
暫しの間のあと、ナミがボソリと言葉を漏らした。なんと返して良いのか迷っったのだろうが、結局無難な言葉しか思い浮かばなかったらしい。
その言葉を聞きながら、考える。二人の年齢は同じだし、兄弟だと言っているのだから、違う誕生日だと母親が違う事を宣言しているような物だから、同じ日に生まれたと教えているのだろう。
二人の容姿の違いから母親どころか父親も違う事が明白ではあったが、それを子供達が分かっているのかどうなのか、いまいちよく分からない。詳しい事は話して貰っていないので、突っ込んだ話をしたら不味いだろう。サンジが時期を見て話をしようと考えているのだとしたら、大変な事になるだろうし。
ナミのことだから、コレを機会にろくな返答を望めないサンジに問わずに、子供達に問いかけるのも手だろうかと考えているかも知れないが、それだと野次馬根性がありすぎだろう。そう言う事は好きでは無い女だと思っているのだが、果たしてナミはどう出るつもりなのか。
傍観者の気分で、ナミの動きを窺っていると、メリー号の頭脳派の一人であるナミの中で整理が付いたらしい。何事も無かったかのようにリョクに向かって笑い返した。
「同じ日だったら、誕生日が纏めて出来て楽珍で良いわねぇ」
含みのありそうなその言葉に、ゾロはチラリとナミの横顔を眺め見た後、言われた子供達へと視線を向けた。その視線の先で、セイが無邪気な笑顔を振りまきながら、軽く頷き返してくる。
「うん。夏島な上にその夏一番の暑さを記録した日だったんだって。なにもあんな暑い日に生まれること無いのにって、シェリーにも文句言われた。お陰でていおうせっかいの傷の治りが遅くなって大変だったって」
「へぇ、セイは帝王切開での出産だったんだ」
「うん。さんどうがないから必然的にそうなったって言ってた。で、先に取り出したのがリョクで、後に出したのが俺。だから、リョクの方が一応お兄さんなんだって、シェリーが言ってた」
「――――え?!」
驚きの声は、ナミのモノだけではなく、ウソップとチョッパーの声も被さった。ゾロの軽く目を見張る。何か、もの凄く変な事を聞いた気がして。
そんな大人達の反応は、リョクが兄だと言うことに疑問を持った事に対してだと思ったのだろうか。セイは躊躇いなく頷き返してきた。
「シェリーが先にミドリのヤツを取りあげたって言ってたから、間違いないよ。まぁ、同じ色でも間違える事はないけどね、とも言ってたけど」
「いや、そうじゃなくてね」
ナミの声に動揺の色が走る。それもそうだろう。何やら話のつじつまが合っていない。
そもそも、そのシェリーは何者なのだと突っ込みたかったが、その点に関しては後回しにする事にしたらしい。ナミは頭痛を抑えようとするように、指先で軽くこめかみを刺激しながら言葉を続けた。
「――――とにかく、アンタ達の誕生日は同じなのね?」
「うん」
「で、帝王切開で生まれたと」
「そうだよ」
キッパリと頷くセイの言葉に、ナミはサッと手のひらを突き出した。それ以上喋るなと言うように。
ゾロは、元々皺が刻まれている眉間に更に深い皺を刻み込んだ。色々と口を出したいところだが、そんなことをしたらナミに殴り倒されるだろうから、我慢して。
ウソップとチョッパーもゾロと同じ気持ちなのだろう。眉間に皺を寄せて何やら考え込んでいる。
その妙な雰囲気に気付いたのだろう。一人外れたところで我関せずと言った様相でグラスを傾けていたロビンが、ゆっくりとした足取りで近づいてきた。
そして、ナミに向かって問いかける。
「どうしたの?」
「二人の母親について、ちょっと考え事」
「セイとリョクの?」
「そう。二人は帝王切開で生まれたんだですって。先に取り上げられたのがリョクで、後に取り上げられたのがセイだって、言うの」
「そうなの。じゃあ、リョクがお兄さんなのね」
サクリと、当たり前の事を当たり前に確認してきただけと言うように頷き返したロビンに、ナミは低くうなり声を漏らした。
「――――要するに、二人は、同じ母親の腹から生まれたって言うのよ?」
「それになにか問題があるのかしら?」
「ありえないでしょっ! それはっ!」
のんびりとしたロビンの受け答えに切れたナミは、甲板を力強く叩いた。
その姿を見て、自分達の言葉が疑われている事に気付いたのだろう。セイとリョクがムッと顔を歪めた。
「でも、本当だもん」
「ウソよっ! ゾロとサンジ君の子供がいっぺんに同じ女の腹に宿るわけが無いじゃないっ!」
「不可能を可能にするくらい、母さんは父さんの事を愛してるんだって言ってたもんっ!」
ナミの叫びに、セイが激しくくってかかってくる。
「父さんの事もオレ達の事も愛してたから、死ぬ目にあっても産んだんだって、自然な事じゃないから、子供か母体か、どっちかが死ぬ確率が高いから止めろって言われたけど、産まないなんて選択考えもしなかったって。双子だって聞いて嬉しかったって、言ってたもんっ!」
「でも………」
そんなこと、なんぼでもウソを付けるだろうと続けようと思ったのだろうが、ナミはすんでの所で言葉を飲み込んだ。
飲み込まれた言葉に、ゾロは密やかに同意する。小さな頃から寝物語で語れば、子供もその気になってしまうだろうと、思って。
「……そう言いたい、セイ達の気持ちは、分かるわ。でも………」
彼女にしては珍しくしどろもどろに、言葉を探しながら飲み込んだ言葉の先を発し始めたナミだったが、ラウンジの扉が開いた音を耳にしてハッと息を飲み、口を噤んだ。
他のクルー達も、扉を開けて甲板へとやってきたサンジの事を見つめている。なんとも言えない表情で。そんな表情を見せたら、今ここで何かが合ったのだと告げるようなモノだと思ったが、自分の意思ではどうにも出来ないらしい。チョッパーとウソップ。そしてナミは、情けない表情でサンジの姿を見つめ続けている。
その視線に気付いたのだろう。サンジは、これ以上持てないだろうという数の皿を手にした状態で、キョトンと目を丸めた。そしてゆっくりと、今にも泣き出しそうな表情でサンジの事を見つめているセイに向かって言葉をかける。
「どうした? ゾロにでも虐められたか?」
「なんで俺だよっ!」
「うるせぇ。藻類。この中で虐めキャラなのはお前だけだろうが」
子供に向けていた穏やかな表情をかなぐり捨て、険しい表情でゾロを睨み付けたサンジは、ゾロが言い返す前にもう一度セイに瞳を向けた。
「久しぶりに陸地に降りたから、興奮して疲れたんだろ。もう寝るか?」
「――――うん」
サンジの問いにコクリと頷いたセイは、両手を伸ばして抱きつくことを要求した。
そんなセイに苦笑を浮かべたサンジは、手にしていた皿を空いた場所に起き、要求通りに彼の身体を抱きしめてやる。
「よしよし、じゃあ、部屋まで運んでやるよ」
「――――一緒に寝る」
「なに言ってんだ。俺にはまだ、やることが……」
「一緒に寝るっ!」
眦に涙を溜めて訴える子供に、サンジは大きく目を見張って言葉を飲み込んだ。以前はどうだったのかは分からないが、メリー号に乗ってからこんな風に我が儘を言っている姿を見たことがないから、珍しく我が儘を口にする息子に驚いているのだろう。
「――――しょうがないな」
そんなセイの様子を見て、余程の事があったと判断したのだろう。サンジは小さく息を吐きながらボソリと呟いた。そして、ゾロを睨み付けてくる。
「おい、クソマリモ。責任持ってここは片付けて置けよ」
「だから、俺じゃねぇって……」
「皿一枚でも割りやがったら蹴り殺すからなっ!」
ゾロの言葉を聞こうともせずに、ビシリと指先を突きつけて凶悪な眼差しでそう宣言したサンジは、返事も聞かずにナミとロビンにだけ謝罪の言葉を発して、船室へと入ってしまった。
その後を、リョクが付いていく。彼も一緒に眠る気なのだろう。
普段仰々しく歩いて回っている親子が無言で立ち去っていく様を見て、小さく胸が痛んだ。なんとなく、幼子を虐めたような気分になって。
三人が船室に入っていくと、甲板の上には嫌な静けさが落ちた。
「ぁ……」
この場をどうやって収集付けたら良いのか分からないのだろう。ナミが意味をなさない声で呻いた。
そんなナミに視線を向けたゾロは、小さく息を吐き出した。そして、スイッと視線を流して同じように顔を強張らせているウソップに声をかけている。
「――――てめぇも手伝えよ」
「俺もかよっ!」
ウソップのいつもの突っ込みが空々しく聞こえる中、ルフィだけがいつもと変わらぬ様子で叫び声を上げたのだった。
「サンジっ! コレじゃぁ足りねぇぞっ! もっと肉よこせ、肉ーーーっ!」
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