翌日の朝。ナミは気まずい気分で部屋を出た。子供の相手などまともにしたことが無いので、自分が虐めたような形で幕切れを見せた出来事のあと、子供達とどう接すれば良いのか悩んで。
「……相手を子供だと考えるから、ややこしくなるのよね……他の奴らと同じに考えて、同じように接すれば良いのよ。うん」
いつもより遅いペースで足を進ませながらそうブツブツと呟いたナミは、自分の考えに賛同するように、力強く頷いた。
「そうよね。うん。ルフィよりもしっかりしてる所があるし。子供扱いしなければいいのよ」
そうと決まれば、さっさと謝ってしまおう。昨日のやり取りは、自分が悪かったと思うから。彼等の事情も分からないのに頭ごなしに否定してしまったのは、自分が悪かったと思うから。
「……よし!」
気合いを入れるために胸の前で小さく拳を握りながらそう声を零し、ドアノブに手をかけた。その手を、チラリと見つめた。妙に力が入っている手を。
いつもと同じ自分を心がけたつもりだったが、他の仲間と喧嘩したとき以上に緊張している様だ。そんな自分に気付いて小さく深呼吸した後、意を決してドアを押し開けた。
「あ、ナミさんっ! おはようっ!」
「………ぁ……おはよう……」
部屋に入るなりかけられた声は、いつもと何ら代わりのない、一点の曇りも無い明るい声だった。その声に引かれて視線を流せば、ソコにはその場がパッと明るくなるような笑顔がある。いつもと全く変わりない、晴れやかな笑顔が。
あまりにも普段と変わらないセイの様子に拍子抜けした。気合いを入れて謝ろうと思っていただけに、余計に。
だがすぐに、あぁ、そうかと胸中で頷く。
彼はサンジの子供だ。胸の内にある思いを隠す事に長けているのだろう。ソレは少し、悲しい事の様に思えたが、ニコニコと、端から見たら一点の曇りも無い笑顔を浮かべている彼の顔を見ていたら、それを指摘するのは良くない事なのではないかと、思えてきた。少なくても、今は。胸の内にどんな思いを抱いているのかは分からないが、楽しそうに給仕をしているのだ。その笑顔のお陰で、ラウンジに柔らかな空気が流れている。そんな空気をぶち壊すことは、ナミには出来なかった。
だから昨夜の話を蒸し返してはいけないと思いはしたが、だからといって、知らん振りするのも後味が悪い。彼等には気を使わせず。それでいて自分の気持ちも落ち着けられる事は無いだろうか。楽しそうに給仕をするセイを見つめながら、ナミは頭の中で必死に考え込んだ。
「………そうだ」
しばらくの間良い考えが浮かばなかったナミではあったが、ラウンジ内に居る人間が一人、また一人と増え始めた頃に妙案がひらめき、ボソリと零した。そしてゆるりと口端を引き上げる。
閃いた妙案を口に出そうかと思ったが、まだ子供達は細々と仕事をしている最中だ。今はタイミングが悪い。子供達が落ち着いてから話をしようと思い、他のクルー達と他愛の無い会話を続けながら時を待った。
そして、全員がラウンジに集まり、朝食を食べ始めた頃。ナミは最高に美味な焼きたてのクロワッサンを口の中に放り込んでから、二人の子供に話しかけた。
「アンタ達、今日は私の買い物に付き合いなさい」
その言葉に、ゾロにスープのお代わりを渡していたセイがキョトンと目を丸めた。リョクは訝しむように眉間に皺を寄せてくる。他のクルー達も、不思議な物を見るような目でナミの事を見つめていた。
多分、荷物持ちとして全然役に立たなそうな子供を買い物に誘っている事を不思議に思われたのだろう。
自分はそんな用事を言いつける時でもないと人を連れて歩かない人間だと思われているらしい事に少々怒りを感じながらも、ナミは努めて冷静な声を発した。
「――――ずっと気になってたんだけど、、洋服のレパートリーが少ないみたいだから、買ってあげるわ。何着か」
「えぇっ! ナミがっ!」
発した言葉に、ラウンジの中には驚愕の声が響き渡った。ウソップとチョッパーは、驚きのあまりに目を大きく見開き、顎が外れるのではないだろうかと思うくらいに口を大きく開けている。
ゾロとロビンはそこまで激しいリアクションを取っていないが、それでも確実に驚きの表情を見せていた。
そんな仲間達のあまりの反応に、ナミのこめかみには血管が浮き上がる。
「――――私が人に物を買ってあげるのは、そんなにおかしい事かしら?」
「あぁ、おかしいぜ。こりゃぁ、今夜はヤリが………へぶっ!」
速攻で頷いたウソップに、空になった皿を投げつけて黙らせたナミは、こめかみに血管を浮き上がらせたまま、にこやかに子供達へと微笑みかけた。
「別に、サンジ君への借金にはしないから、安心して良いわよ。船に乗ってからこっち、どこかの馬鹿共よりも良く働いてくれてるし」
だから良いわね、一緒に行くわよ。と続けたら、しばしポカンと口を開けていたセイが、パッと顔を輝かせ、力強く頷き返してきた。
「うんっ! ありがとう、ナミさんっ!」
「うふふ。喜んで貰えて嬉しいわ。良いわね、リョク。アンタもよ」
裏が無さそうな素直な反応に自然と笑みを誘われつつもう一人の子供にそう言葉をかけると、彼は渋々と言った様子で頷き返してきた。拒否しようにも、突き刺さる父親の視線が怖くて出来なかったのだろう。
それでもリョクが断りたがっている事に気付いたのか。サンジがテンション高く、嬉々とした声でナミに声をかけてきた。
「ありがとう、ナミさんv 太っ腹なナミさんも素敵だ〜〜〜v」
「お礼を言われるような事ではないわよ。子供に服を買ってあげるのは、大人として当然の事ですからね」
そこで一旦言葉を切ったナミは、チラリとリョクの顔を眺め見た。もの凄く嫌そうに顔を歪めている少年の顔を。
服を買いに行く事がいやなのか、ナミと一緒に出かけるのが嫌なのか。その表情からは窺えない。もし後者だとしたら、クッションになるものが必要だろうか。彼等に詫びるつもりで買い物に出かけようと思ったのだから、彼等が嫌がってしまっては意味が無いことだし。
そう思い、今度は嬉しそうにしているサンジへと視線を向けた。
「サンジ君も一緒に来る?」
かけた言葉に、サンジはキョトンと目を丸めた。予想外の事を言われたと言わんばかりの表情で。だがすぐに笑顔を浮かべ直し、軽く首を振った。
「是非ともご一緒したい所ではあるんだけど、今日は保存食作りをしちまおうと思ってるから。悪いけど、ガキ共の事は任せても良いかな?」
「うん、良いわよ」
「じゃあ、お願いします。おい、お前ら。ナミさんに迷惑かける様な真似をするんじぇねーぞ」
「うん、わかってるよ!」
サンジの言葉に、セイは嬉々として頷き返し、リョクは観念したように深々とため息を吐きながら頷き返した。
そんなわけで、子供達の行動は半ば強制的に決定したのだった。
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《20060724UP》
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