【23】

「セイは、どんな服が好きなの?」
 二人の子供に挟まれながらフラフラとウィンドウを覗き込み、店の目星を付けるために問いかけると、傍らを歩いているセイはキッパリとした声で言い切った。
「黒いスーツ」
「――――セイ」
 あんたは本当にサンジ君の事が好きなのね、と胸の内で呟く。
 再会した当初はオシャレな彼とは思えない、なんの変哲もない、見るからに安物と言ったシャツと履き混まれたジーパンを着用していたサンジではあるが、船に戻ってきてからは残っていた私物のスーツを着ている。
 セイはその姿を大層気に入ったらしく、ことある事にスーツを着たがっていた。
 なので、彼の言葉が本気のモノであることは分かっている。分かっているが、子供にホイホイと与えられるモノでもないので、ナミは暫し考えた。
 考えた結果、言葉を返す。
「まぁ、どうしても欲しいって言うなら一着くらい買ってあげるけど。普段着向きじゃないから、もっとカジュアルなものの好みを言って頂戴」
「えー? でも、クソオヤジはメリー号に乗ってからいつも着てるじゃん」
「サンジ君は良いの。自分のお金で買ってるし、滅多なことでは汚さないから。でもあなた方は子供だからすぐに服を汚すでしょ? その上すぐに成長して着られなくなるでしょ。そうなるとすぐに買い換えなくちゃいけなくなって、高くつくのよ。あんた達が思ってるよりも高いだから、スーツは。だから駄目」
「汚さないよ! すぐに小さくなるッて言うなら、少し大きめなの買えば良いじゃん!」
「大きめのスーツなんて格好悪いったらないわよ。そんな格好悪いモノ着ても、サンジ君には近づけないわよ」
 その言葉に、セイはグッと声を詰まらせた。どうやら言われると痛い言葉だったらしい。それでもまだ諦めきれないのか、ふて腐れたように頬を膨らませた。
 そんなセイの態度に苦笑を漏らしていたら、反対隣を歩いていたリョクが言葉を発してきた。
「スカート履けよ、たまには。母さんの希望通りに」
 その言葉に、ナミはギョッと目を向いた。この子は突然何を言い出すのだろうかと。
 そんなナミに構わず、セイは抗議の声を返す。
「えーっ! やだよ。アレ履いたら蹴り出来ないじゃん。パンツ見えるもん」
「――――確かに、それはそうだな」
 年に似合わぬ真面目くさった顔で頷いたリョクだったが、すぐに妙案を浮かべたらしい。更に言葉を続けてきた。
「でも、ソレはソレで敵の意表を突けて良いんじゃないか?」
「そんなもん付かなくても負けないように強くなるから良いのっ!」
 スカートなんか絶対に履くかと怒鳴り、足音荒く道を歩くセイの姿を目で追いながら、リョクは諦めたように深々と息を吐き出した。
「似合うと思ったのに。勿体ねぇ……」
「あんたねぇ……」
 似合うからといって男の子にスカート履かせてどうするのだと言おうとしたナミだったが、あえて言葉にはしなかった。彼には何を言っても無駄なような気がして。
 自分が「こうだ」と思ったことは、周りが何を言おうと貫き通しそうな気がするから。
「そう言うところも、ゾロそっくりよねぇ……」
 本当に親子じゃないのだろうかと、首を捻る。付き合えば付き合う程、彼とゾロの共通点が見えてきて。
「船に戻ったら、追求しようっと」
 昨夜のような気まずい気分を味わいたくないから、慎重に攻めていかなければならないだろうが。相手の出方を窺いながら少しずつ牙城を崩していくというのも楽しいかもしれないと思いながら、ナミはリョクへと声をかけた。
「で、そう言うアンタはどんな服が欲しいの? スカート?」
「――――んなわけないだろ」
 からかいの色を存分に含んだナミの言葉に、少年は心底嫌そうに顔を歪めた。その表情を見てしてやったりと思ったナミは、ニヤニヤと意地悪く笑いかける。
「じゃあ、なに?」
「――――腹巻き」
「は?」
「だから、腹巻き。アレは良い物だって言ってたから」
「――――リョク」
 そんな所まであの体力馬鹿に似なくて良いわと内心で突っ込みを入れながら、ドッと疲れを感じた。
 というか、あんな物をいたいけな子供に勧めるなとゾロに言いたい。帰ったら速攻でぶん殴らなければ。
 サンジの不安が的中したというところだろうか。あまり当たって欲しくは無かったが。
 だが、彼はまだ若い。ゾロの様に凝り固まってはいないから、まだまだ修正出来るはずだ。そのためにも、ここは一発、自分が素晴らしいコーディネートをしてやらねばと、ナミは心を燃え上がらせた。
「分かったわ。あんたの意見はことごとく無視するから」
「おいっ!」
「さぁ〜〜て、そうと決まればさっさと買い物を済ませちゃいましょっ!………って、あら? セイはどこ?」
「え?」
 つい先程まで自分達の少し前を歩いていた少年の姿がかき消えていることに、ナミはようやく気が付いた。
「セイっ!」
 口元に手をあて、声を遠くに飛ばすようにして名を呼んでみたが、反応は一切返ってこない。
「セイっ! どこだっ!」
 リョクも声を張り上げて兄弟の名を呼ぶ。だが、返事は返ってこない。辺りを駆け回り、路地の奥に目を向けても。
 彼が目を引かれそうな店を見て回っても、どこにもその姿が見あたらない。
「――――セイ?」
 不安に押しつぶされながら小さく読んだ声にも、勿論返事は返ってこない。
 いくら呼んでも、金色の頭がナミ達の前に姿を現す事がなかった。






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《20060802UP》