「セイが迷子?」
リョクの手を引いて息せき切って船に戻ってきたナミの言葉に、鍛錬を終えたばかりのゾロにドリンクを渡していたサンジは軽く目を見張った。
そして、一言付け足す。
「リョクじゃなくて?」
「オレはここに居るだろ」
「そうだよな」
速攻で突っ込みを入れてくる息子の言葉に頷き返し、サンジは軽く首を傾げた。
リョクの体内コンパスは人よりも若干狂っているのだが、セイのコンパスは正常だ。むしろ、方向感覚は人より優れている。傍らの方向音痴を補うかの如く。だから、初めて歩いた街でも迷うことは滅多にない。そのセイが迷ったなどということは、サンジには信じられなかった。
「――――まさか、家出か?」
呟いてみたが、それはないとすぐに否定する。日々惜しみなく愛情を注いでいるのだ。家出に踏み切られる要素は無いはずだ。
では何故、帰ってこないのか。
考えたら、あまり良い考えには行き着かなかった。何をどう考えても。
何しろ、親の自分が言うのもなんだが、セイは可愛いのだ。危ない人に連れて行かれる可能性は大いにある。身を守る術を教えてはいるが、まだまだ小さな子供だ。街のごろつき程度の奴らには負けないだろうが、ちょっとでも腕に覚えがあるものには全然歯が立たないだろう。
「リョク。何か感じるか?」
ナミの隣で神妙な顔をしていた息子に問いかけると、彼は小さく首を振り返してきた。片割れのピンチには妙な気配を察する事が出来るそうなので、今のところ心配はないということだろう。
だが、今のところ、というだけの話だ。
サンジは踵を返してラウンジへと駆け込み、一段落中だった作業場を簡単に片付け、イスの背もたれにかけていたジャケットを手に取り、袖を通す。
「――――ちょっと、探してくるわ」
甲板に戻り、その場に立ったままサンジが戻ってくるのを待っていたナミとゾロにそう声をかけると、ナミは神妙な表情で頷き返してきた。
「お願い。私ももう一回探して回るわ。ゾロは………二次遭難になるから、留守番ね」
「――――てめぇ」
ゾロが文句を言いたそうに顔を歪めたが、ナミの采配は正しい。彼を人混みに解き放したら、いつ帰ってくるのか分からなくなってしまう。
「お前もここで待ってろ」
ゾロ程ではないが、似たような心配がある息子に向かってそう告げ、ポンポンと軽く頭を叩いてやったら、不満そうに顔を歪められた。
だが、彼は自分の非力具合と方向音痴具合を十分に自覚している。強硬に外に出ることを主張しても力になれない事がわかっている。だから、渋々と言った感じながらも頷き返してきた。
そんなリョクに柔らかく笑いかけたサンジは、静かにやり取りを見守っていたゾロへと視線を向けた。
「ウソップとチョッパーが帰ってきたら、二人にも捜索に加わるように言ってくれ。あと、出来る限り、夕食までには戻る。二人にも夕食には戻ってくるように言っておいてくれ」
「あぁ、分かった」
不機嫌そうに頷くゾロに軽く手を上げたサンジは、ナミと共に船を降り、街に向かって歩きながら問いかけた。
「はぐれたのはどの辺?」
「街の中央部。ブティックとかが立ち並んでるところよ。リョクと話してて、ちょっと目を離したすきに居なくなっちゃって………ゴメン」
「ナミさんのせいじゃないよ。初めての街で大人から離れるアイツが悪い」
申し訳なさそうに項垂れ、心の底から詫びてくるナミを励ますように軽く肩を叩いたサンジは、駆け出しそうになる足を必死に止めながら、ゆっくりとした足取りで歩を進めた。
変に焦るとナミが気にするだろうと思って。
嫌な予感が胸を焼いていて、一刻も早く子供の無事を確かめたかったけれど。
「サンジ君は、どっちを探す?」
はぐれた場所に着き、問いかけてきたナミに、サンジは辺りにザッと視線を走らせた。
「そうだなぁ……」
呟き、気が無さそうに振る舞いながらも慎重に辺りを見回す。
タチが悪い奴らがたむろしそうな場所は、どっちにあるだろうかと、考えながら。
とりあえず、昼間からやっている酒場に押しかけて、後ろ暗いことをやってそうなヤツを締め上げてみよう。いや、昼間から酒を飲んでいるヤツは後ろ暗い事ばかりだろうから、選ぶまでもなく、片っ端から締め上げていった方が良いだろうか。
そんな事を考えたが、ナミに話すわけにはいかない。彼女を巻き込みたくなかったから。
だから、自分の計画など少しも漏らさずにニコリと、笑い返す。
「市場の方に行ってみるよ。もしかしたら、食材を見て回るのに夢中になっているだけかも知れないし」
「そう。じゃあ、私はもう一度この一帯を探してみるわ」
「お願いします。見つかっても見つからなくても、夕食時には一度戻ろう。他の奴らへの報告もかねて」
「分かったわ」
頷くナミに軽く手を振って、サンジは市場の方へと足を向けた。
そして、ナミの気配を感じ無くなったところで足の向きを変える。
酒場が集まる場所へと。
「――――無事で居ろよ」
心からの願いを呟いて、サンジは勢いよく駆けだした。
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《20060820UP》
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