勘と経験を頼りに街を歩き、ようやく一件、引っかかりを覚える店を見つけた。
 こっそりと、人の目から隠れるように建っている酒場を。
 ドアの前に立ち、中から聞こえてくる物音に耳を澄ませれば、中から下品な笑い声が聞こえてきた。一人二人分の声ではない。十人近い人間が居るだろか。
「ウヨウヨしてるなぁ……馬鹿共が」
 嘲るような口調で小さく呟き、口端を引き上げた。
 例えここにセイが居なくても、このなんとも言えない焦りと苛立ちをぶつける相手には丁度良いだろう。
 そんな事を考えながら、目の前にある薄汚いドアに軽く蹴りを叩き込んだ。
 たいして力を入れていないのに吹っ飛んだドアに薄く笑みを刻みながら、ゆっくりと店内に足を踏み入れる。途端に、酒とタバコの臭いが鼻についた。その臭いに顔を顰めながら、突然の訪問者に呆然としている店内の客共にザッと視線を走らせたサンジは、カウンターの奥に立っている男に向かって声をかけた。
「ちょっと聞きたいんだが。子供を攫って危ないヤロー共に売り飛ばしているヤツに、心辺りはねーか?」
 その問いかけに、店内に居た者全員がピクリと、身体を震わせた。
 どうやら全員に心当たりがあるらしい。
 サンジは自分の勘の良さを内心で褒め称えながら一歩、足を踏み出した。
「教えて貰おうか。そいつは、どこにいる?」
「――――知らねぇなぁ」
 惚けた口調でそう漏らし、手にしていたグラスを布巾で拭き始めたマスターであろう男の動きを目にして、サンジは瞳を細めた。
 そして、なんの前触れもなく唐突に、近くの席に座っていた男の腹に蹴りを叩き込む。
「ぐはっ!」
 口から胃の中身を吐き出しながら壁まで吹っ飛んだ男に、客もマスターもギョッと目をむき、倒れ伏した男の姿を凝視した。そして、恐る恐るサンジの方へと視線を向けてくる。
 彼等の瞳に宿ったおびえの色を見て、自分がこの場を支配した事を確信したサンジは、ゆるりと、口端を引き上げた。
「素直に言わねーと、今度はゲロじゃなく、血を吐かせるぜ? どうする?」
「なんで、そんなこと………」
「んなの、てめーの子供を引き取りに行くからに決まってんだろうが」
 ブルブルと震えながら問いかけてくるマスターの言葉を鼻で笑いながら返し、ギロリと、その視線で射殺す勢いで睨み付けた。
「で、言うの、言わねーの?」
「いっ………言いますからっ! 命だけは……っ!」
 全身をふるわせ、ガタガタと歯を鳴らしながら、マスターは紙とペンを取り出し、地図を書き始める。
 どうやら敵の本拠地は入り組んだ場所にあるらしい。その地図はかなり複雑だった。ゾロだったら間違いなくたどり着けないだろう。辿り着くどころか、メリー号に戻ってくる事すら出来なくなりそうだ。
 下手をすれば自分も迷うかも知れないが、今は迷っている余裕がない。一々地図を見ている暇すらないだろう。そう考え、サンジはその地図を頭の中に叩き込んだ。
「――――サンキュー。探す手間が省けたぜ」
 書き終わり、怖ず怖ずと差し出された地図を受け取りながら礼を言ったサンジは、それを畳んで胸ポケットにしまい込んだ。そして、こんな場所にはもう用がないと言わんばかりに踵を返す。
 そんなサンジの動きを見て、店内に居た者達がホッと胸をなで下ろした。だが、すぐにまた凍り付く。
 振り返ったサンジが、
「あぁ、そうだ。もしこの地図が嘘っぱちだったり、うちの子にもしもの事があったら、そん時はここに居るヤツ全員蹴り殺しに来るから。覚悟して置けよ?」
 と、声をかけたために。
 一瞬で凍り付いた男達の気配を背に受けてほんの少し溜飲を下げたサンジは、店に足を踏み入れた時よりもほんの少しだけ気持ちに余裕を持って店の外へと踏み出した。
 そこでギクリと、動きを止める。
 入り口の傍らに、鋭い眼差しを向けてくるナミの姿を見つけたために。
「――――ナミさん、いつから、そこに?」
「最初からよ」
 吐き捨てるように返された言葉に、サンジはほんの少しだけ眉を下げた。その口調から、ナミが怒っている事が嫌という程良く分かったから。
 これは殴られるかな、と思った途端、その予想は直ぐさま現実となった。容赦の欠片もない拳が飛んできて、目から星が飛び出すくらい強く頭を殴りつけられる。
「いった………!」
「誤魔化された私の心の方が痛いわよっ!」
 歯をむきだすようにして叫んだナミが、沸き上がる怒りを押さえつけるように深く息を吐き出した。多分、ここで怒鳴って余計な時間を取るわけにはいかないと思ったのだろう。
 それでも怒りは抑えきれなかったのだろう。燃えさかるような炎をその瞳に宿してサンジの瞳を睨み付けながら、問いかけてくる。
「――――私は、どうすればいい?」
 向けられた声音はこれ以上ない程真剣なものだった。「なにもしなくて良い」とは言えない位に。言ったら、殴られるどころの騒ぎではなくなるだろう。
 仲間の危機だ。しかも、自分の不手際から起きた事件だ。何か行動しないと、彼女の気は収まらないだろう。
 サンジは小さく息を吐き出した。そして、胸ポケットから先程マスターに書かせた地図を取りだし、ナミへと手渡す。
「ゾロを連れてきて貰えるかい? 戦力が多いにこしたことはないから」
「分かったわ。サンジ君は?」
「一刻を争うから、先に行く」
 その言葉に一瞬何か言いたそうにしたナミだったが、結局口にはしなかった。
 変わりに、力強く頷き返してくる。
「分かった。ゾロが行くまで無茶しないでよ」
「分かってるって。じゃあ、頼んだぜ」
 手を振り、二人はそれぞれが向かう方向に走り出した。一秒も無駄に出来なくて。
 遠ざかるナミの背を一度チラリと流し見た。その背に、小さく呟く。
「無茶なんて、するに決まってるじゃねぇか……」
 自分の命よりも、大切な命なのだから。
 ナミが聞いても子供達が聞いても怒りそうな言葉を口にして、サンジは緩く笑んだ。
 どんな代償を支払うことになろうとも、絶対に助け出すと、決意して。















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《20061105UP》


















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