ビクリと、リョクの身体が跳ねた。
そして焦点がどこにもあっていないボンヤリした瞳を宙に向け、ゆっくりと、何かを探るように眼球を動かし始める。
「――――どうした?」
尋常ではないそんな彼の様子を目にして声をかけると、リョクは宙にさまよわせていた力のない瞳をゾロに向けて焦点を合わせ、急激に険しい表情を型どってから言葉を返してきた。
「なんか……やな予感がする」
「やな予感?」
「うん。母さんとセイの身に、何か起こってるのかも………」
その言葉に、ゾロは眉間に皺を刻んだ。リョクの言葉に引っかかりを覚える単語があったので。
「……母親も?」
「うん。セイがピンチだったら、母さんは絶対に無茶するから。セイよりも母さんの方が心配」
ゾロが疑問に思った事の意味に気付かなかったのか、リョクは素直に頷いた。
どこにいるのか分からない母親が、どうやって息子を助けるのだと突っ込みを入れたいところだったが、そんなものを入れられる雰囲気でもない。入れたとしても、明確な答えは返ってこないだろう。
そうゾロが判断したのとほぼ同時に、リョクはその年の子供が浮かべる表情とも思えない程深刻な表情を浮かべ、自分の胸元を強く握りしめた。そして、重たい声音で呟くように告げてくる。
「――――なんか、嫌だ。胸の中がゾワゾワする。………オレ、行って来る」
「行くって、どこにだよ」
「二人が居るところ。多分、今なら分かる」
キッパリと言い放ったリョクの言葉には、確かな自信があった。弟のピンチに感覚が研ぎ澄まされたのだろう。
とはいえ、彼を一人で見知らぬ街を歩かせるわけにはいかない。セイだけではなく、リョクも行方不明になる可能性があるのだから。
だからと言って、留守役を命じられた身としては、大事な船を留守にするような真似は出来ない。ここはしばしリョクの動きを止めさせ、誰かが帰ってきてから行動するべきだろう。
だが、今ここでリョクを止めてはいけないと、今すぐ彼に着いていった方が良いと、長い年月戦場に身を置いてきたことで磨かれた勘が告げてきている。その手の勘には、素直にしたがっていた方が得策だと言うことは、経験上分かっている事だ。だから、迷わず頷いた。
「分かった。ついて行ってやる。案内しろ」
「――――うんっ!」
ゾロの言葉に、リョクは一瞬驚きを示すように軽く瞳を見張った。多分、反対されると思ったのだろう。だが、すぐに嬉しそうに頷き返してきた。そして、勢いよく室内から飛び出した。一分一秒でも無駄にしたくないと、言いたげに。
梯子も使わずに飛ぶようにして船を下りたリョクは、迷い無い足取りで多くの人で賑わう街の方へと駆けだしていく。そんな少年の背を追いながら、ぼんやりと思った。
上手くいけば、子供達の母親に、サンジ一人の子育てを押しつけた女に会えるかも知れないな、と。
その女は、もしかしたら見覚えがあるヤツかもしれない。むしろ、その可能性が極めて高いだろう。
そうだったら、どうしようか。その女から何か言われたりするのだろうか。その女に会ったとき、子供達は。サンジはどういう反応を示すのだろうか。再び親子四人で暮らそうとするのだろうか。
戻ったばかりの、船を降りて。
フッと浮かんだ自分の考えに、自然と顔が歪んだ。もの凄く嫌な気持ちになって。
なんでそんな気持ちになったのかは、分からないが。
「気が重いな………」
陰鬱な声でボソリと呟く。
もの凄く二人の母親に興味があるらしいナミには悪いが、二人の母親の事を知りたいとも思わないし、会いたいとも思わない。
それは現実から目をそらしていると言うことなのかもしれないが、それでも、二人を産んだ女には会いたくない。だが、先程のリョクの口振りから言うと、このままでは会う可能性の方が極めて高いだろう。
深く、息を吐き出した。このまま足を動かしていくことが、もの凄く気が重いことに思えてきて。
だが、ここで止まるわけにはいかない。止まったら、その女だけでなく、セイの身が危険になってしまうのだから。
だからゾロは、駆けていく少年の背を追い続けた。
その女に会うことを避けてセイを救出出来る手だては無いだろうかと、考えながら。
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《20061209UP》
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