背後から男達のうめき声が聞こえてくる。チラリと声のする方へ視線を向けてみれば、床に倒れ伏した全員が、苦悶の表情を浮かべていた。意識がないモノが大半だ。大半どころか、全ての人間が意識を失っている。怒りにまかせて容赦なく蹴りつけてやったのだから、それは当たり前の事だろう。命があるだけでもありがたく思って貰いたい。
 それだけ暴れたからか、軽く息が上がっている。以前メリー号に乗っていた時の自分だったら、疲れる程の人数を相手にしていないと言うのに。
「寄る年波には、勝てねぇってか?」
 それが原因ではないと分かっていながら、軽口を叩いて口端を引き上げる。
 以前より体力が落ちているのは確かなことではあるが、心配していた程蹴りの威力は弱くなっていない。このくらいの落ち込みなら、この先毎日時間を作って真面目にトレーニングすれば、すぐに以前の状態に戻すことが出来るだろう。
 はっきりとソレを自覚して、ほくそ笑む。そして、一度視線を落として意識を切り替えた。 
 その視線をゆっくりと上げ、目の前にある、いかにも「偉い奴が居ます」と言いたげな精巧な彫り物がされている重厚なドアを見上げた。
「さぁて、残りはこん中か?」
 手当たり次第ドアをぶち壊し、出会った人間全てを半殺しの目にあわせながら突き進んできて、最後に現れたのがこのドアだ。この中に居ないわけがない。
 軽くつま先で床を蹴る。
 万が一にでもここに親玉がいなかったら、我が子の姿がここに中ったら、「キレル」どころの騒ぎではないほど自分はぶち切れるだろう。街中の人間を、有無を言わさず蹴り殺したくなるに違いない。ここの奴らとの関わりがあろうと無かろうと、関係なく。
 もちろん、中に居たら居たで、中に居る人間はキッチリと三枚に下ろしてやるが。
「ヨシ。んじゃあ、行くか」
 小さく息を吐き、呼吸を整えたサンジは、力任せにドアを蹴り上げた。
 その衝撃でドアが吹き飛び、飛んだドアにぶち当たって中に居た人間が数名部屋の隅に吹っ飛んでいった。
 そんな効果を狙ってとった行動ではなかったので、軽く驚き目を見張る。だが、すぐにニヤリと方頬を引き上げた。効率の良い自分に満足して。
 改めて室内に視線を向ける。そして、そこに目当ての人間が居るのを見つけて破顔する。
「探したぞ、セイ。面倒かけさせんな」
 その言葉に、猿ぐつわをされ、屈強な男に羽交い締めにされているセイが、ウーウーとうなり声を返してきた。
 拘束されては居たが、目に見えるところに怪我はないし着衣に乱れもないから、まだ手を出されては居ないようだと判断する。男達の腕から逃れようとする動きに普段と同じくらいの元気がある事を確認し、ホッと息を吐き出してから、改めて視線を流す。偉そうに、少し高くなっている段の上にしつらえられた、無駄に背もたれが大きく豪華なイスの上にふんぞり返って座っている、顔から身体から丸まると太っている男へと。
「人ん家の子供を、親の許可無くこんなクソ汚ねー場所に招待してんじゃねぇよ。このクソエロ豚」
 ギロリと睨み付けながらそう吐き捨てたら、男は肥えて弛んだ腹をふるわせながら笑った。
「綺麗な面して、随分な口をきくじゃねーか」
「うるせぇ。ガタガタ抜かしてねーで、さっさとガキを放しやがれ。蹴り殺すぞ」
 ギリっと音を立てて軸足に力を溜めながらすごんで見せたが、男は少しも気にしなかった。人質を取っているから余裕があるのだろう。
 小さく舌打ちした。確かに、このままでは分が悪い。セイを拘束しているヤツをどうにかしなければ、仕掛ける事も出来ない。
 この場に居るのは目の前に居るおおボスであろう肥えた男を含めて雑魚ばかりだし、外の雑魚共は丸一日は起きあがれないくらいにたたきのめしてきた。セイが本気で走れば、一人でも簡単にこの建物から逃げ出せるだろう。男達が持っている拳銃は、逃げるセイには脅威になるモノではあるが、注意するべきモノがそれだけなら、防ぐのは簡単だ。身体を張れば良いだけの事だから。
 セイが男達の拘束から逃れられれば、いくらでも戦える。
 そう結論づけて、サンジは小さく息を吐き出した。
 子供の前ではあまり使いたくない手だが、背に腹はかえられない。この手のタイプには一番有益な手だろうし。迷っている場合ではないだろう。
 そう判断し、サッサと気持ちを切り替えたサンジは、軽く首を傾げながらゆるりと、口端を引き上げた。
「――――で、そのガキを捕まえて、どうする気だ?」
「もちろん。売っぱらうんだよ。これだけの上玉だ。絶対に高く売れる。金髪碧眼だしな。まぁ、その前にオレが味見してやるけどよ」
 サラリと、いとも簡単に。さも当然の事だと言わんばかりに我が子の初めての相手になる事を宣言した男に、サンジはもの凄い殺意を覚えた。
 そんなこと、想像の世界だけでも許されることではない。
 絶対にこいつはミンチにすると、固く決意する。
 だが、そんな気持ちはおくびにも出さずに楽しげに、微笑みを浮かべて見せた。
「へぇ……。てめーはそう言う趣味なのか」
「別に、ガキが趣味ってわけじゃねー。綺麗なモンを汚すのが好きなんだよ、オレは。ガキでも大人でも、女でも男でもな」
「ふぅん…………じゃあ、俺なんかどうよ?」
 問いかけながら、ニコリと笑む。
 メリー号に戻ってからは浮かべたことがない、媚びの色を大いに含んだ笑みを。
 その笑みを見て、下品な笑い声を上げていた男が笑うのを止め、ジッと、サンジの顔を見つめてきた。
「――――なんだと?」
「俺も綺麗な面してるって言ってただろ。だから、俺の事は汚したいとか、思わないわけ?」
 問いかけながら、一歩踏み出す。
 途端に、周りに控えていた男達がガチャリと音を立てて銃口を向けてきたが、火を噴くことは無かった。イスに座した男が、サッと手を上げて止めたために。
 男の瞳がジロジロと、サンジの全身をなめ回してくる。その視線はもの凄く不快だったが、機嫌良さそうに微笑みかけたまま言葉を発した。
「そんなガキの小さいケツに突っ込むよりも、俺の方が良い思いさせてやれると思うけど?」
 男の目の前まで歩み寄り、至近距離でニコリと笑いかける。浮かべた笑みに、意識して艶を付けて。
 ゴクリと、音を立てて男が唾を飲み込んだ。そして、熱のこもった声で問いかけてくる。
「――――どう言うつもりだ?」
 先程よりも熱のこもった眼差しを向けながらの問いに、サンジは薄く微笑んだ。獲物がかかった手応えを感じて。
「取引しようぜ」
「取引?」
「あぁ。俺がてめーの相手をしてやる。だから、そのガキは解放しろ」
 その言葉はある程度予想していたのだろう。それでも男は面白がるように僅かに瞳を細めた。
「ほう………この状況で、取引か? 別に、お前の事も手に入れた上で、あのガキの事も俺のもんにすることだって、出来るんだぞ?」
「それは無理だな。取引をしないというなら、お前等全員を速攻でぶち殺すから」
「人質が居るのにか?」
「可愛い我が子をテメェみてぇな豚ヤロウに傷物にされるくらいなら、この場で殺してやった方が良いって思うのが、親心ってもんだろ?」
 ニヤリと口角を引き上げた。
 そして、婉然と笑む。
「言っておくが、そのガキの事を考えなきゃてめーらは瞬殺だ。弾丸が俺に当たる前に、てめーのその弛んだ腹に穴が空くぜ?」
「――――だろうな」
 ここまで単身で乗り込んで来た上に先程のドアを蹴り破る様を見て、サンジの力が男にも分かったのだろう。小さく頷いた男は、しばし沈黙した。どちらがより良い選択なのか、考えるように。
 肘掛けに乗せた指がトントンと軽い音を立てている。
 さて、どう出てくるだろうか。
 サンジは張りつめさせた神経で周りの状況を窺いながら、男に視線を向け続けた。
「――――良いだろう」
 長い沈黙の後、ぽつりと、呟きが漏れた。
 そして直ぐさま、続けられる。
「お前が俺を満足させられたら、という条件を付けさせて貰うがな。それで良いなら、その取引に応じてやろう」
 下品な笑みを浮かべながらそんな提案をしてきた男を、サンジは小さく鼻で笑った。そんな事を言って、散々ヤリ倒した後、最終的には「良くなかった」とでも言うつもりだろう。そしてあわよくば、子供と自分の両方を手に入れようとでも、考えているに違いない。
 考えた末に出した結論がコレかと、内心で呆れる。男の小物振りが大層おかしい。
 だが、良い。相手の隙を作るチャンスを与えられたのだから。セイさえ、この場から逃げ出すことが出来れば。相手がどんなアホでも付き合ってやろう。セイが逃げ出すまでは。
 セイが逃げ出した後は、好きなだけ暴れてやる。自分の子に手を出したことを、死んだ後にも後悔するくらい、痛い目にあわせてやる。
 そう胸中で決めながら、婉然と笑いかけた。
「良いぜ。天国に連れてってやるよ」



























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《20070110UP》













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