【2】

「サンジっ! 宴会するぞっ!」
 サンジの誕生日である3月2日のおやつの時間に、ルフィがなんの前置きもなく突然、そんな宣言を発した。
 彼が突然宴会を思い立ち、そんな宣言を発するのはいつもの事だ。だから、言われたサンジも慣れたモノなのだろう。別に驚きもしなかった。そして即座に、言葉を返す。
「無理」
 当たり前の事を当たり前に言ったと言わんばかりの、あっさりとした口調でサンジの口から却下する言葉が発せられ、クルー達は全員、驚きに目を見開いた。まさか、断るとは思っていなかったので。
 別に、サンジがいつもルフィの宴会発言に従って、宴会料理を振る舞っているわけではない。食料の備蓄具合によっては断る事が多々あるので。だが、今日の宴会宣言を拒否するとは、思っていなかった。
 彼の誕生日である、今日の宴会宣言は。
 ただただ驚きを示すクルーの中、己の言葉を否定された事に軽く腹を立てたのだろう。ルフィは常人以上に膨らむ頬を盛大に膨らませた。
「なんでだよっ! しようぜ、宴会っ!」
「無理だっつってんだよ」
「なんでだっ! 船長命令だっ! 宴会するぞっ!」
「命令でも何でも無理なもんは無理なんだよ。そんなもんが出来る程、食料が余ってねぇんでね」
 キッパリと言い切られた言葉に、ルフィ以外のクルーはハッと息を飲み込んだ。
 食材の管理はサンジが全て行っている。他のクルー達には状況がさっぱり分からない。暇そうにしているとすぐに、食材が少ないから釣りをしろとは言われるのだが、本当に足りないのか、どれくらい足りないのかは教えて貰えない。本当に足りない時はかなりギリギリにならないと分からないのだ。
 いや、ギリギリになってもわからない事の方が、多い。サンジが上手く、隠してしまうので。
 なので、ここまではっきりと食料の残りが少ないと言われると、かなり気になる。大袈裟に言っているのか、本当に余っていないのか。
「――――そんなに、無いの? そりゃあ確かに、前の島から結構日数経ってるけど。あと三日もすれば次の島に着くと思うし。今日くらい宴会出来ない?」
「三日で着くと言う保証は無いでしょ。ここはグランドラインなんだ、何があるか分からねぇからな。用心に越したことはないよ。なに? ナミさんも宴会したかったの?」
 クルー達を代表してナミが問いかければ、サンジは揺るぎない口調で告げた後、苦笑を浮かべながら逆に問い返してきた。
 その問いかけに、ほんの少し眉間に皺を寄せる。演技でしらばっくれているようには見えないから、彼は本気でルフィが宴会をしたがっているその理由に心当たりがないのだろうと、思って。今日が自分の誕生日であることなど、記憶の端にも引っかかっていないだろう。
 他のクルーの誕生日はしっかりと把握し、その日に宴会が出来るようにと計算して食材を管理して、誰に何を言われるまでもなくパーティ用の料理を用意する彼だ。自分の誕生日を覚えていれば、その時の宴会用に食材をストックしておくだろう。
 いや、例え自分の誕生日を覚えていても、自分のためにパーティを開こうとする男ではないだろうか。何しろ彼は、自分の誕生日だからといって残り少ない食材を大量に娼婦するであろう、宴会を行う男ではない。他の人間の誕生日だったら細かく計算し、出来る限りの料理を作り上げるだろうが。
 そう考え、ナミは宴会を開こうと思った理由は口にしないで置くことにした。彼の誕生日を祝う宴会をしたいのだと言ったら、余計に彼は宴会料理など作らないと言うだろうから。
 だが、本人が忘れ去っているのならば余計に、宴会をせねばとも思う。さて、どうしたら彼を頷かせられるだろうか。考えながら、ナミは上目遣いに問いかけた。
「……本当に、無理?」
「ナミさんの頼みは聞きたい所だけど、こればっかりは無理だ。悪い」
「えぇーーーー! なんでだっ! しようぜ、宴会!」
 キッパリと言い切られた言葉は、ルフィには納得いかないものだったらしい。盛大に抗議の声を上げた。
 そんなルフィに、サンジが呆れた口調で言葉を返す。
「食材が無いのに宴会なんか出来るわけねぇだろ。何日かしたら次の島に着くんだから、宴会は島に着くまで我慢しとけ」
「それじゃあ駄目なんだっ! 今日じゃないと意味無いだろっ!」
「はぁ?」
 なんでそんなに今日に拘るのか、宴会をしたがるのか、さっぱり分からないと言いたげに、サンジが眉間に皺を寄せた。
 ここまで今日という日に固執されているというのに、自分の誕生日だという事は思い出さないらしい。本当に、綺麗さっぱり自分の誕生日を忘れているようだ。
 なんとなくそれが寂しく思え、ナミは何がなんでも宴会をしなければと、決意した。宴会をする事になったら、いつも以上にサンジに働いて貰わないといけなくなるから、誰の誕生日を祝っているのか分からなくなるのだが。
 だが、今回は食料も不足していると言う。例え宴会をすることになっても、いつものように次々に料理を出せないだろう。と言うことは、いつもよりサンジが席についている時間も長くなると言うことではないだろうか。追加料理を作ることがないから、最初から最後までずっと、腰を落ち着けていられるのではないだろうか。
 ナミは密やかに笑みを深めた。よくよく考えてみると、今の状況は大変継ごうが良い事に気付いて。コレは意外と、良い方向に物事が進んでいるのかもしれない。
「ねぇ、サンジ君。今日の夕食分で使える食材だけで宴会料理を作る事って、出来るかしら?」
「え? あぁ、それは出来るぜ。量も品数も少なくなるけどな」
「じゃあ、そうして頂戴。今日は一日天候が良いはずだから、料理を全部甲板に広げて、追加の料理も一切なしで、ある分だけで宴会しましょうよ。それなら、良いでしょ?」
 その提案に、サンジは軽く目を丸めた。そしてチラリとルフィを見て、もう一度ナミに視線を戻す。
「――――本当に、追加は一切出来ねぇけど。それでも良いのかい?」
「構わないわ。ね? ルフィ? みんなでどんちゃん騒げたら、それで満足よね?」
 一瞬嫌だと言いかけたルフィを思いっきり睨み付けながら、優しげな声で問いかければ、ルフィは何か言いかけながらもコクリと、頷き返してきた。
「おう。かまわねぇよ」
「ってわけだから、よろしくね。サンジ君」
「――――分かりました。ナミさんがそうお望みなら、腕を振るって宴会料理を作りますよ」
「楽しみにしてるわ、サンジ君」
 苦笑を浮かべながら頷き返してくるサンジにニッコリと笑い返す。やると言ったからにはしっかりとやってくれるだろう。食事のことに関しては、彼は嘘を言わないので。
「さて、プレゼントはどうしようかしら……」
 胸の内で小さく呟く。予算削減のため、皆で何か大きなモノを用意しようと思っていたのだが、話し合いが上手くいかなくて結局何も用意していないのだ。他の男共と比べるのも悪いくらい毎日働いている彼には、その労を労うためにも何か送りたかったのだが。
 おやつに使用した食器を洗い始めた男の、細い背中をジッと見つめる。
 夜までの短い時間でどうするのか、決めないとなと、思いながら。









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《20070304UP》