【3】

 食材が足りない状況にあるとは思えない程、夕食時には沢山の料理が用意された。
 その料理は甲板に運び出され、宴会の準備が整ったところでウソップが長ったらしい乾杯の音頭を始めたが、誰もその言葉に耳を傾けることなく、宴会が始められた。
 追加の料理も酒もないと分かっているからか、皆はいつもと同じように騒ぎながらも、いつもより遅いペースで目の前にある料理を口に運んでいる。ルフィだけはいつも以上のハイスピードで食べようとしていたが、その度にナミの鉄拳の餌食になっていたので、全ての料理をルフィに食い尽くされると言う事態には陥らなかった。
「で、なんでいきなり宴会なんかしたがったんだよ」
 あらかた料理を食べ尽くし、残ったモノは酒とつまみ程度になった頃、サンジが思い出したようにルフィに問いかけた。
 その問いかけに、ルフィはニカッと盛大な笑みを浮かべる。
「今日は特別な日だからな!」
「特別な日?」
 意味が分からないと眉間に皺を寄せるサンジに、ルフィがニシシと歯をむき出しにして笑いかける。
 そんなルフィの態度を見て、益々理由が分からなくなったのか、サンジの眉間に刻み込まれた皺が更に深いモノになった。
「――――なんかある日だったか?」
「おう。あるぞ。すげー大事な事が!」
 サンジの問いに、ルフィは自信満々に胸を張りながら言葉を返した。
 根拠のない自信を見せるルフィだから、彼が自信満々でいてもさほど重要なことではない可能性も高いのだが、全く理由が分からない状況では軽くあしらう気にもなれなかったのだろう。サンジは更に眉間の皺を深くして考え込んでいる。
 それでも理由が思い至らないらしい。口を開く気配を見せない。そんなサンジの姿を目にして、サンジの隣に座していたナミがクスリと、苦笑を零す。彼女にしては珍しく、少々の憂いを帯びた苦笑を。
 そして、傍らの男の方へと身を乗り出しながら男の名を口にする。
「サンジ君」
「なんだい、ナミさん……っ!?」
 呼びかけに顔を向けたサンジは、ナミの顔が思いがけない程近い距離まで近づいてきていた事に驚いたのだろう。大きく目を見開いた。
 そんなサンジの表情の変化を目にして楽しげに瞳を細めたナミは、素早くサンジの口から煙草を引き抜くと、そのまま顔を近づけ、ゆるりと、己の唇とサンジの唇を触れあわせる。
「な………」
「誕生日おめでとう、サンジ君」
 何が起こったのか分からないと言いたげに、目も口もポカンと開けてこれ以上ない程間の抜けた表情を浮かべているサンジに、ナミはニッコリと笑いかけた。その言葉を受け、サンジが我に返ったように身体を揺らす。
「え? 誕生日?」
「そう。今日は3月2日でしょ?」
「え? そうだっけ?」
 甲板にカレンダーなどあるわけがないのに、サンジはキョロキョロと辺りを見回した。
 どうやら彼は、今日が自分の誕生日であることは忘れていたらしい。他のクルーの誕生日はしっかりと把握し、船長が宴会の指示を出さなくても料理からケーキから、誕生日の祝い事に必要だと思われる殆どのものをしっかりと用意する男なのに。
「ってーわけで、サンジ君っ! 誕生日プレゼントだっ! 受け取りたまえ!」
 少し酔っているのか、偉そうにそう宣言したウソップは、どうやら甲板の隅に隠していたらしいプレゼントの包みを、サッとサンジに差し出した。
「――――なんだ、これ?」
「ネクタイボックスだ。前に欲しいって言ってただろ?」
「お、サンキュー。早速使わせて貰うよ」
「おう、そうしてくれ! お前が好きそうなデザインに仕上げてやったから、絶対気に入るぜ!」
「ソイツは楽しみだな」
 軽い口調で、だが嬉しそうに顔を輝かせながら礼を述べたサンジに、ウソップは自信満々に胸を張り、満足そうに嗤い返した。
 そんな二人のやり取りを見て今がプレゼントを渡すときだと判断したのだろう。チョッパーもゴソゴソと小さな袋を取りだし、サッとサンジの前に差し出した。
「サンジ、俺からは、これだっ!」
「サンキュー、チョッパー」
「特製のハンドクリームだ。ちゃんと使ってくれよな!」
 軽い口調で礼を述べ、袋の中を覗き込むサンジに、チョッパーは胸を張りながらそう言葉をかけた。その言葉に、貰ったばかりのプレゼントを袋ごとスーツのポケットに仕舞い込んだサンジはコクリと、頷き返す。
「あぁ。大事に使わせて貰うよ」
「大事にしなくて良いから、毎日ちゃんと使うんだぞ。水仕事してるから、サンジの手は他の人よりも荒れやすいんだからな!」
「分かってるって」
 サンジの態度から、有効的に活用して貰えないと思ったのか、語気を強めて言葉を続けてきたチョッパーに、サンジは苦笑を浮かべながら頷き返した。
「サンジっ! 俺からは、コレだっ!」
「何………っ!!!」
 チョッパーとのやり取りが終わったと判断したのだろう。威勢良く宣言したルフィは、凄まじい勢いでサンジに抱きつき、その唇に思いっきり自分の唇をぶつけた。
 ぶつけたと言うよりも、吸い付いたと言った方が良いかも知れない。これ以上無い程、二人の距離は縮まっている。
 だが、接触していた時間は極めて短かった。サンジが直ぐさま、ルフィの身体を自分の身体から引きはがしたので。
「てっ……てめぇっ! なにしやがるっ!」
 ルフィを引きはがしたサンジは、当たったら骨が折れるどころの騒ぎでは無くなるだろうと思われるくらい、鋭い蹴りを放ちながら怒鳴り声を上げた。
 だが、過剰な怒りのせいで振りが大きくなったのだろう。そんなサンジの攻撃を、ルフィは余裕の態度でヒラリとかわした。
 サンジがこれ以上ないと言う程怒っていることを本能で感じ取っているのか、そのまま軽い動作でサンジから距離を取ったルフィは、甲板の上に仁王立ちし、これ以上ない程大きく胸を張って宣言をする。
「キスだ! キスしたら喜ぶんだろ、サンジは」
「テメェにキスされても嬉しくもなんともねぇんだよっ! ってーか、折角ナミさんにキスして貰ったのに、なんてことしやがるっ! 台無しじゃねぇかっ! どう責任取ってくれるんだ、てめぇはっ!」
 本気で怒っているのだろう。青筋を浮かべ、眦を吊り上げて怒鳴るサンジの姿は、いつも以上に殺気立っていて怖い。ウソップとチョッパーが、先程まで上機嫌にしていたのが嘘だったかのように甲板の隅で震え上がっている程だ。
 だが、ルフィは全然気にならないようだ。楽しげに笑い続けている。
 そんな態度が余計に腹立たしかったのだろう。サンジが再度蹴りかかった。その蹴りも、難なく交わされた。それが腹立たしかったのか、サンジは逃げるルフィを執拗に追いかけていく。
 そんな二人の様を見ていたら、ナミが小さくため息を吐き出した。呆れたと、言わんばかりに。
「全く……ルフィは何考えてるんだか……」
 ボソリと呟かれた言葉には、呆れの色が多分に含まれている。いつもだったら、そこで鉄拳制裁を食らわせるか、無視して自室に戻るかをするナミだったが、今日は宴会の主役を立てる気になったらしい。所狭しと暴れ回っているサンジへと、声をかけた。
「サンジ君っ!」
「なんですか、ナミさんっ!」
「ちょっとこっち来て頂戴」
 呼びかけに、サンジはいつものように直ぐさまナミの元へ行こうとはせず、一瞬動きを止めた。ナミの言葉に従うべきか、従わないでおくべきか、迷うように。
 だが、結局自分の怒りよりもナミの用事の方が重要だと思う事にしたらしい。楽しげに笑っているルフィを一度睨み付けたあと、収まりきらぬ怒りがにじみ出ている荒々しい足取りでナミの元へと戻ってきた。
「なんですか?」
「いいから、ちょっと座りなさい」
 命令口調で告げられた言葉に従い、サンジは大人しく元の場所に腰を下ろした。そして、改めてナミに向き直る。そんなサンジの唇に、ナミは軽く、触れるような口づけを落とした。
 サンジが大きく目を見開く。そんなナミの行動は、全く予想していなかったのだろう。顔には、驚きの色だけがありありと浮かび上がっている。
 そんなサンジの姿を目にして、、ナミが悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「口直しよ。誕生日だし、無理言って宴会料理作ってもらったから。ちょっとサービスしてあげるわ」
「ナ……ナミさん……!!」
「私からのプレゼントも、キスで良いかしら?」
「もっ、勿論です、ロビンちゃんっ!」
 ナミの言葉に感極まったと言わんばかりの表情を浮かべたサンジは、続けてロビンにかけられた言葉に飛び上がって喜んでいる。
 されるのは、触れるだけのキスだ。はっきりいって、子供だましのキスも良いところだ。母親が子供にするのと大差ない。そんなモノでここまで喜べるとは。おめでたいことだ。
 目をハートにして喜んでいるサンジを視界の端に収めながらそんな事を考えつつ、ゾロはグラスの中の酒を体内に流し込んだ。
 女共を両脇に置きながら、嬉しそうに笑うサンジを無性に、腹立たしく思いながら。
 











BACK     NEXT






《20070426》