【30】


 ゾロは、迷い無く突き進むリョクの後を追いかけた。状況は自分が思っていたよりも深刻なモノだったのかも知れないと、思いながら。
 その考えが正しいと分かったのは、道の途中でこちらに向かって駆けてくるナミの姿を見た瞬間だった。
「ゾロっ! 良いところにっ!」
 焦った様子のナミに話を聞けば、セイが人身売買の組織に連れ去られた可能性が極めて高いと言うことだった。
「サンジ君が先に助けに行ってる。私たちもすぐに追うわよっ!」
 そう告げ、走り出したナミの後を追った。リョクがなにも言わないで付いていって居ると言うことは、彼が行こうとしている方向と同じ所に向かっていると言う事だろうか。
 ゾロが一人で飛び込んだら絶対に迷うだろう道を、ナミは迷い無い足取りで駆けた。途中から見かけるようになったうめき声を上げる血みどろの人間は、サンジがここに赴いた事を示していて、向かっている方向に間違いが無いことを確信出来た。
「――――んだ、やれんじゃねーかよ」
 状況も忘れてほくそ笑む。子供が出来てから人間が丸くなったのか、最近ろくに自分と喧嘩をしない彼のことを、少し心配していたのだ。
 もしかしたら、どこか身体をこわしているのだろうかと。
 セイとリョクが何かと気にかけているし。時々チョッパーとコソコソと話こんでいるのを見かけるし。
 だから以前のように無駄に突っかかることを控えていたのだが、これだけの人数を蹴り倒していけるのだ。そう心配することは無かったのだろう。
「なら、これからはふっかけてやるか………」
 昔のように。彼のあげ足を取るようにして。
 そうすれば、短気な彼の事だ。すぐに乗ってくるだろう。ほくそ笑みながらそんな事を考えていたゾロは、ようやく動くものの気配を感じて足を止めた。
「ナミっ!」
 鋭い声に、ナミは素早く足を止めた。そして、問うように視線を向けてくる。その視線に視線だけで返せば、こちらの言いたいことを察したのだろう。ゾロに道を譲るように身体を避けた。
 そのナミの横をゆっくりと通り抜ける。先程とはうってかわって静かに、気配を殺しながら。ナミも、上がった息をなんとか押さえながらも気配を殺して付いてくる。
 リョクは、小さいくせにそれ程息を乱していなかった。そんな彼を見てたいしたモノだと内心で思いながら、ゾロは慎重に歩を進めていった。
 しばらく行くと、ようやく人の声が聞こえてきた。
 気配は結構な人数分あるのに、動いている気配は二つ程度だ。一騎打ちでもしているのだろうか。
 訝しみながらもゆっくりと近寄り、そっと室内の様子を窺おうとしたゾロは、耳に届いた声に背筋をふるわせた。
「はっ………あぁっ!」
 甘さの滲むその声は、知っているモノだ。
 腰に直接訴えかけるような、色気のあるこの声は。
 だが、こんな所で聞くはずのない声だ。自分の聞き間違いだろうと思い、思わず救いを求めるようにナミの顔に視線を向けてしまった。
 だが、先程の声はナミの耳に届いていなかったらしい。彼女はキョトンと目を丸めている。
「なにしてんのよ。敵がいたんでしょ? だったらさっさと出て行って、サンジ君とセイを助けてきなさいよっ! あんたにその気がないなら、私が………」
「ちょっと待て、ばかっ!」
 室内を覗き込もうと動きだしたナミを止めようとしたのだが、一歩遅かった。
 しっかりと中の様子を見てしまったらしいナミがビクリと身体を揺らして、その場に固まった。
 そして、壊れた玩具のようにぎこちない動きで振り返る。
「ゾ…………ゾロ…………さ、サンジ君、が………」
「――――分かってる」
 何がどう分かっているのか自分でも分からないがそんな言葉を返し、ゾロは深く頷いた。
 なんでそんな状況になったのかは分からないが、あのサンジがそう言う行動を取っているのには何か訳があるのだろう。
 無理矢理そう考え、沸々と沸き上がる怒りを抑えようとしたのだが、収まりそうにない。
「くっ………あっ…………んっ………」
 感じ入っているような艶のある声に、ゾロの頭に一気に血が上った。
 ナミの頭にも血が上ったのだろう。顔が真っ赤に染まり上がった。
 多分、自分が頭に血を上らせたのとは理由が違うだろうが。
 しばしその場に硬直していた二人だったが、ナミがハッと息を飲み込んだ。そして、辺りを見回す。今更ながらにリョクの耳を塞ごうと考えたらしい。
 だが、どうやらその行動は遅かったようだ。彼は眉間に深い皺を刻み込み、暗い表情を浮かべながら室内を覗き込んでいた。
「ちょっ……リョクっ! 駄目よっ!」
 父親の濡れ場。しかも男同士の情交を見せるのは教育上宜しくないと判断したのだろう。ナミは慌ててその身体を引き戻した。
「あのねっ、リョクっ! コレは……」
「部屋の右側。あのデブから5メートルくらいはなれたところに、セイが居る」
「え?!」
 言われ、慌てて確認してみれば、確かにいた。猿ぐつわをされ、その身体を背後に立つ男に拘束されている。
 彼を人質に取られてそう言う状況に陥ったと言うことか。
 サンジがこんな状況に陥っている理由が分かり、更なる怒りが沸き上がった。
「――――ゲス野郎が」
 あいつは絶対に叩き斬る。
 心の底から誓うゾロに、妙に冷静なリョクの声が耳に届いた。
「多分、あの部屋にいる奴らのいしきを自分に向けさせて、セイが逃げ出すすきを作ろうとしてるんだ。だから、セイに逃げ出すタイミングをしめす合図を出してくると思う。セイが動いたら、その時だ」
「分かった。そのタイミングに合わせて、オレが奴らを切ってやる」
 ゾロの言葉に、リョクはコクリと頷いた。そして、重い息を吐き出す。
「まったく。どうしてあの人は………」
 飲み込まれた言葉の先にはどんな言葉があったのか。ゾロには分からなかった。
 分からなかったが、彼が心底落ち込んでいる事だけはわかった。落ち込ませたのが、サンジだと言うことも。
 だから、彼の頭を軽く叩いた。励ますように。
 驚いたような顔で視線を上げた彼に、ゾロは口角を引き上げた。
「文句は船に帰ったら思う存分言ってやれ。一発くらい殴ってやってからな」
 コクリと頷くリョクにニヤリと笑いかけ、ゾロは腕に巻いたバンダナを頭に巻いた。
 本当の本気であの男をぶった切るために。
 そんなゾロに、ナミは驚いたような顔をしていたが、構っていられない。和道一文字を抜き、口に銜えた。他の二本も鞘から抜いた。いつでも技を繰り出せるようにと。
 その状態で廊下から中の様子を窺うこと数分、セイの身体がサンジの方へと駆けだした。
「バカッ! 違うだろうっ!」
 サンジの焦った声が室内に響いた。
 さっきまで熱に浮かされたように喘ぎまくっていた者とは思えないくらい、はっきりした声で。
 ゾロも床を蹴った。一気に距離を詰める。そして、男から離れようと腕を突っ張らせたサンジの方へと、手を伸ばす。
「馬鹿はてめーだ」
「え?」
 耳元で囁いたゾロの言葉に、サンジはキョトンと目を丸めた。情交で乱れていた影など少しも見えないその幼げな表情に、ゾロは口角をひきあげる。
 彼が、心までこの男に許していなかったと分かって、嬉しくなって。
 サンジの身体を強引に男から引きはがした。これ以上、この薄汚い男に触らせていたくなくて。
「って!」
 ゾロの乱暴な所作に痛みを訴えたサンジだったが、無様に床にひっくり返ることなく、素早く身体を起こして戦闘態勢に入った。
 だがすぐにポカンと口を開け、ゾロの顔を見上げてくる。

「――――ゾロ――――」










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《20070830》