【31】

「――――ゾロ――――」



 間抜けな顔で名を呼んでくる彼に、ゾロはニヤリと笑い返した。だが、すぐにその顔を不機嫌も露わに歪める。

 サンジの顔にかかった白い物体が目に入って。

 彼が着ていたシャツが力任せに破られているのを目にして。

 ズボンが半分脱げかけているのを目にして。

 構えていた刀を鞘に戻しながらズカズカと彼の元へと歩み寄り、頭からバンダナを外して彼の顔をごしごしと力任せに拭う。
「ちょっ………いてぇよっ! なにすんだ、てめぇっ!」
 直ぐさま文句の声を上げられ、抗うように暴れ出したが、力にものを言わせて拘束し、白いモノを綺麗にぬぐい去った。そして、半分脱げているズボンを力任せに引き上げてチャックをしめてボタンを留め、肩からずり落ちかけていたジャケットとシャツを引き上げる。
 それでもまだくたびれた雰囲気があったが、この場ではこれくらいが限度だろう。そう思い、自分に納得させるために小さく頷いたゾロは、そこで改めてサンジの身体を弄んでいた男へと向き直った。
 そして、これ以上無い程きつい眼差しで睨み付ける。
「――――てめぇっ! 人のもんに手ぇ出してんじゃねーぞっ!」
「ああぁっっ?!」
 ゾロが発した言葉に、デブではなくサンジが過剰な反応を示してきた。
 その剣幕に驚き、サンジへと視線を移したら、彼は顔を真っ赤にして怒鳴りつけてくる。
「誰がてめーのもんなんだっ! このクソ剣士っ! 巫山戯たこと言ってンじゃねぇよっ!」
 どうやら自分の言葉が気に入らないらしい。
 だが、何故気に入らないのか分からない。ゾロは盛大に眉間に皺を刻み込んだ。
「あ? セイはてめーのガキだろ。子供ってーのは、親のもんだろ?」
「…………ぁ〜〜、………そう言う事ね」
 謂われのない非難を受けた気がして不機嫌も露わに言葉を返すと、サンジは突然テンションを下げてそんな事を呟いた。そして、ホッと息を吐き出す。
「そう言うことなら、良い。………あ〜〜、ビビッタ」
「ビビッタのはこっちだ。男相手によがりやがって。正気か、てめぇ」
「んだと? オレ様の魅力にメロメロにさせて隙を作ろう大作戦を馬鹿にするんじゃねーぞ。成功率は100%に限りなく近いんだからな」
「アホか」
「誰がアホだっ! このぼんくら剣士っ! 勝負付けるか、あぁ?!」
「上等だ。かかってこい、エロコックっ!」
「やめなさーーーーいっ!」
 本格的な殴りあいに発展しそうなところをナミの叫びが押しとどめた。その叫びに、サンジが顔を青くして振り返る。
「ナ…………ナミさん……っ!」
 振り返った先には、仁王立ちのナミの姿があった。その彼女の姿を目にして、サンジは青かった顔色を青を通り越して白くし、恐る恐ると言った様子で問いかける。
「ナミさん……も、もしかして、今の………」
「――――見てたわ」
「ぐはっ!」
 一瞬躊躇ったナミだったが、キッパリとした口調で頷いた。途端に、サンジが顔面を両手で覆い、その場に蹲る。
「あぁ………一生の不覚だ。あんな姿をナミさんに見られるなんて…………」
 どうやら本気で落ち込んでいるらしい。床に崩れ落ちて力無く呟き出した。そんなサンジの様子に、少々どころかかなり呆れた。ナミなんかよりも、もっと気にしないといけない人間が居るだろうがと。
「ナミよりもまずは、てめーのガキの前で狂態を演じたことを恥じろ、エロコック」
「ゆるさねーぞっ! このクソ豚っ! てめーはキッチリと三枚におろしてやるっ!」
「――――聞けよ」
 ゾロの言葉を無視してその場に勢いよく立ち上がったサンジは、殺気が漲る顔を男に向け、ビシリと指先を突きつけた。
 そんなサンジと会話しようと思うのは、愚かな事だ。無理に首を突っ込めば、彼の怒りがこちらに飛び火してくるだけだろう。
 サンジと会話することを早々に諦めて深く息を吐き出したゾロは、和道一文字をくわえ直した。
「――――まぁ、良い。まずはこいつ等を片付けることが先決だな」
「おう。久々に思う存分、暴れてやるぜ」
 ニヤリと片頬を引き上げる男に、ゾロも似たような笑みを返した。そして、事の成り行きを呆然と見つめている男共に切りかかる。
 そんなゾロの動きにハッと息を飲み、慌てて弾丸を撃ち込んできたが、そんな攻撃がゾロに効く訳がない。あっさりと、弾丸諸共男共を切り捨てる。
 ゾロの強さに恐れをなしたのか、まだ無傷でいた豚男の部下達が慌てて逃げ出した。
 いつもだったら逃げる敵をわざわざ追いかけたりしないが、今回はキッチリをその後を追い、逃げる背中に容赦無く刀を切り入れる。こいつ等がこの場に居たその事実だけで、十分に死に値する行為だと、本気で思って。
「おうおう。雑魚相手になにはりきってんだよ」
 視界に入る敵を全て倒したところで、からかいの色が大いに混じる声が背後からかけられた。その声に振り返れば、サンジが不敵な笑みを浮かべてこちらへと視線を向けている。
 一度サンジの瞳と己の瞳を合わせたゾロは、合わさった視線をすぐさま外し、サンジの足元へと視線を向けた。
 そこには、デブ男が血まみれになって転がっていた。
 気を失っているのか、指先一つ動いていない。
 一瞬別人かと思うほど顔の形が変わるくらいに蹴られているのだから、それは仕方の無いことだろう。彼に蹴られ慣れている自分ですら、当たり所が悪かったら一瞬意識を飛ばしてしまう事だってあるのだ。素人がそう易々と彼の蹴りに耐えられる訳がない。
 そんな事を胸の内で考えながら、ゾロは刀を一本だけ鞘に戻した。
「もう良いのか?」
「良くねぇよ。まだまだ溜飲は下がっちゃいねぇんだからな。下がっちゃいねぇが、もう蹴る場所がねーんだよ。仕方ねぇだろ」
 不服そうに顔を歪める男はいつもの彼で、ソレがなんとなく嬉しかった。
 その思いが顔に出ていたのだろう。サンジが妙なものを見る目で見つめ返してくる。
「――――なんだよ、いきなり不気味な面しやがって。いたいけな子供達が見たら泣き出すぞ?」
「あ? なんだと、その言い草はっ! てめーの巻いた眉だって十分に不気味なんだよっ!」
「それを言うならてめーの頭はどうなんだ、この緑苔っ!」
 軽い戦闘で上がったテンションのまま怒鳴りあい、そのまま殴り合いの喧嘩になりそうな雰囲気なったのだが、その空気は突然打ち消された。
 突然サンジの頭が後方に引っ張られた事で、二人の怒鳴り合いが中断させられたために。
「ってぇなっ! てめぇっ、なにしやがるっ!」
 思いっきり髪の毛を引っ張ってきた背後の相手を凶悪な眼差しで睨み付けたサンジだったが、その勢いはすぐに霧散させられた。

 パシン

 という、軽い音が、辺りに響き渡った事で。









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《20070904》