「父親は、俺だろうが」
告げた途端、ラウンジはシンと静まり返った。
ウソップとチョッパーの顎が、再度落ちた。今度は二人だけではなく、ナミの顎も。
知られているのではと思ってはいたが、やはり知られていたのか。ロビンは平然としていた。いや、むしろ平然とと言うよりも、嬉しそうに微笑んでいる。ルフィは状況を分かっているのかいないのか分からないが、普段となにも変わらない。
言われた当のサンジは、青色の瞳に一瞬だけ動揺の色を見せた後、挑むような眼差しで睨み返してきた。
「――――なに寝ぼけた事言ってんだ、クソ剣士」
「寝ぼけてねぇっ! 本気で言ってるっ! ってか、俺以外に居ねぇだろ、そいつ等の父親はっ!」
往生際悪く否定してくるサンジの胸元を更にきつく締める。
苦痛を示すように歪められた顔を見ながら、ゾロは更に言葉を続けた。
「てめーが俺以外の男に足開くたまかっ!」
その言葉に、サンジはギョッと目を見開いた。顔には朱色がサッと走る。そして、噛み付かん勢いで怒鳴り返してきた。
「……てめっ! 人前で何言いだしてんだよっ!」
「てめぇが素直に認めないからだろ。なんだったら、オレ等がどんな事をやってたかこいつ等に教えてやるか?」
「だーーーーっ! 止めろっ! この変態っ!」
「誰が変態だっ!」
「てめぇだっ! テメェみたいなアホが俺の可愛い子供達の親なわけねーだろうがっ!」
「じゃあ、てめーは俺以外の男に足開いたって言うのかよっ!」
「うるせぇっ! いい加減にしろよ、このマリモっ! 人を侮辱するのも大概にしやがれっ」
「だったら認めろっ! 俺がそいつらの親だってっ!」
「違うっつってんだろうがっ! しつけーぞっ!」
「しつけーのはてめーだろうがっっ! さっさと認めろっ、アホコックっ!」
「うるせぇっ! こんちくしょうっ! 表に出ろっ! 人のことを侮辱するようなろくでもねぇ口は、俺がキッチリとたたき直してやるっ!」
「おうっ! 受けて立ってやるぜっ!」
「やめなさーーーーーいっ!」
ラウンジを振るわせる程の絶叫と共に、もの凄い圧がかかった拳が脳天に落ちてきた。その鈍い痛みに、ゾロとサンジは床に崩れ落ちる。
そんな二人の姿を見下ろしながら荒く息を吐いたナミは、軽く息を整えた後、信じられないモノを見るような目でゾロとサンジを見下ろした。
「――――あんたら、いつの間に、そんな仲になってたの………?」
その問いかけに、ノソノソと身体を起こして床に座り直したゾロは、同じように身体を起こしたサンジの顔をチラリと流し見た。その視線に気付いたのだろう。サンジもこちらに視線を向けてきたが、すぐにプイッと視線を反らしてしまった。どうやら先程のやり取りで機嫌を損ねてしまったらしい。いや、そもそも最初から機嫌は良く無さそうだったが。
そんなサンジが喋るとは思えない。だからといって黙りを決め込んでもナミが切れて大変な目に合うだろうと思い、ゾロは渋々と口を開いた。
「正確なところは覚えてねぇ。アラバスタの城ではやった記憶があるから、その前からだろうな」
そう答えたら、サンジにギロリと睨み付けられた。余計な事を喋るなと言いたげに。
当時からクルーにその関係がばれることを嫌がっていた男だ。その反応は当たり前の事だろうとは思ったが、だからといって言わないわけにはいかない状況なのだから仕方ないだろうと、睨み返す。
そんな二人の様子を見て、ナミがこめかみに血管を浮き上がらせながら更なる問いをよこしてきた。
「へぇ……ぜんっぜん気付かなかったわぁ………。なに、どっちから告白したの?」
「だから、そう言う仲じゃねーっての」
怒りよりも興味の方が勝ってきたのか。ナミが興味津々な様子で問いかけてきたのに、ゾロは苦虫を噛みつぶした顔で応対した。
「オレ達はただの性欲処理の相手だったんだよ。長い航海の間にそれなりに溜まってくるし、だからといってお前やビビに手を出すわけにはいかねーし。陸まで我慢するったって、そんな所に使う金なんてねぇしよ。だから、適当な所で間に合わせるかって………」
「ひどいっ!」
つらつらと言い訳がましく発していた言葉は、唐突にあがった悲鳴のような叫びに遮られた。
非難するような声に驚き、声がした方に瞳を向けると、そこにはもの凄い形相でこちらを睨み付けてくるセイの姿があった。
普段楽しげに顔を輝かせている彼のそんな眼差しを見るのは初めてのことだったので、ゾロは驚きに目を見張った。
「酷いって、何が………」
「母さんは、父さんの事ちゃんと愛してるよっ!」
叫ぶようにそう告げられ、ゾロはその場に固まった。
多分、他のクルー達も。
「な………」
「父さんの事を愛してるから、オレ達の事うんだんだって、いつも言ってるもんっ! そうじゃなかったら、うんでなかったって。なのに………ひどいっ! 父さんがそんなひどい人だったなんてっ!」
わっと泣き出し、テーブルの上に突っ伏したセイの背を、素早く駆け寄ったリョクが慰めるように撫で始めた。そんな彼の瞳はゾロの方を向き、非難するように鋭い瞳で睨み付けている。
「――――ひでーな。ゾロ。男の風上にもおけねー男だな」
ボソリと、ウソップが呟いた。非難の言葉を受け、条件反射で睨み付ける。
余程腹に据えかねたのか、いつもならひと睨みすればびびって逃げ出す彼が、怯むこともせずに非難がましい眼差しを向け続けてきた。
「サンジが可哀相だ」
チョッパーもまた、自分の事を冷たい眼差しで睨み付けてくる。
「そう言うヤツだって知ってたけど、最低ね。ゾロ」
「そんな人だと分かってても子供を産んで一人で育ててたコックさんは健気ね」
「ゾロッ! 子供を泣かすんじゃねぇっ! 大人気ねぇぞっ!」
口々に罵られ、ゾロは二の句が告げられなくなった。
いつの間にやら自分が悪者になっている。だが、自分だけが悪いのだろうか。サンジだって、当時はなにも言ってこなかった。やりたくなったら声をかけてくるくらいで、そんな思いを持っているなんて事、欠片も感じさせなかった。
いや、よく考えたら彼から誘ってくる事は殆ど無かったかも知れない。いつも自分が誘って、しょうがないなという顔でサンジが答えていたような。
やっている最中はそれなりに甘い空気を垂れ流していたような気がするが、終わった後は何事も無かったように涼しい顔をしていた彼が、自分の事を「愛していた」だなんて。そんなもの、分かるわけがない。
「――――ふざけんな」
喉の奥からうめき声を漏らす。そして、未だにこちらに視線を向けようともしないでそっぽを向いているサンジを怒鳴りつけた。
「てめぇっ、なにも言わなかっただろうがっ! 言われてりゃ、俺だって………」
言いかけて、止まる。
俺だって、なんだと言うのだろうか。
それなりに対処すると、言うつもりだったのだろうか。
それなりとは、なんだろうか。
その気持ちに答えられないからと、関係を切っただろうか。
いや、そんなことは絶対にない。
嫌いになるどころか、嬉しくなったと思う。
なんで嬉しくなったと思うのだろうか。なんの疑問もなく、あっさりと。
そう言えば、当時ルフィが飯をねだってサンジに抱きつく様を見てもの凄くむかついていたが、なんでそんな事でむかついていたんだろうか。
陸で娼婦を抱いた後、なんとも言えない後味の悪さを覚えていたのは、なんでだろか。
娼婦を抱いた後はまともにサンジの顔が見られなくなる事に気付いて、娼婦を買わなくなったのはいつ頃からだろうか。
サンジが船を下りると聞いてショックを受けたのは。
戻ってきたのがもの凄く嬉しかったのは。
戻ってきた彼に子供が居て、胸の内がざわめいたのは。
セイを助けに行った時、男の上に座す彼を見て、抑えようもない激しい怒りが沸き上がったのは、何でだろうか。
「――――なんだ」
ぽつりと、呟いた。
こんなに時が過ぎるまで、気づけなかった。
身体だけではなく、心までもが方向音痴だったらしい。
だが、回り道をしようとも、ちゃんと辿り着くべき場所にたどり着いたのだから、良しとしよう。
「サンジ」
名を呼んだら、そっぽを向いている男の肩がピクリと震えた。
話を聞いては居るらしい。
だったら、自覚した事を言っておこう。言わねばならない言葉を言ってなかったから、こんな事態になったのだろうし。
そう思い、ゾロはゆっくりと口を開いた。
「好きだ」
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《20080224》
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