本日何度目か分からない妙な沈黙が落ちた。
 散々自分を責め立てていたクルー達だが、自分がそんな言葉を発するとは思っていなかったのだろう。ナミとウソップ、チョッパーは大きく口を開けた間の抜けた表情のまま動きを止めていた。
 普段だったらそんな間抜け面を目にしたら速攻で突っ込みを入れている所だが、今はそんな場合ではない。ゾロは視界の端に写った仲間達を無視して、自分の思いを口に出し続けた。
「悪い。今気付いた。だが、あの時からずっとお前のことが好きだ。気付いてなかったから浮気……つーかわからねぇが、他の奴とした事もあったが、もうしねぇ。お前以外のヤツとやると胸ん中がモヤモヤして気持ち悪くなるしな。俺はもう、お前の事しか抱かねーぞ」
 キッパリと言い切ってやれば、そっぽを向いていたサンジの肩が小さく震え始めた。チラリと見えている耳朶は、真っ赤に染まり上がる。
 この反応は、今更そんな告白をしたゾロに怒っての反応だろうか。この場合、一番ソレが有力だろう。だとしたら、どうやったらその怒りを収めて貰えるのだろうか。
 ゾロは首を傾げて考え込んだ。普段あまり使わない脳みそをフル稼働させる。だが、普段あまり使わないからか、コレだという案は一向に思い浮かびそうも無かった。
 良案が浮かばず、眉間に深い皺を刻み込んだ。ソレとほぼ同時に、サンジの身体が唐突に動いた。
 明後日の方向を向いていた身体が、勢いよくゾロの方に向く。だが、顔は俯いたままだ。こちらを見ようとはしない。俯いたまま、全身を小刻みに振るわせている。
 その震えは堪えきれない怒りのせいなのかどうか分からないが、全身を振るわせ続けているサンジの様子はどう考えても尋常ではない。未だかつて、こんな様子のサンジを見た事が無い事だし。
 なので、状況も忘れて心配になってきた。
「――――おい?」
 顔を覗き込むように首を傾げて恐る恐る声をかけたら、もの凄い勢いで顔をあげたサンジにこれ以上ない程鋭い眼差しで睨み付けられた。
 そのつり上がった青い瞳が潤んで見えるのは、気のせいだろうか。そして、顔を紅潮させながら睨み付けてくるサンジの顔がもの凄く可愛く見えるのは、気のせいだろうか。
「サン…………」
「今更っ、どの面下げてほざきやがってんだっ! このっ、ミドリ苔がーーーーっ!」
 名を呼びかけた途端に、サンジの口からそんな絶叫が迸った。
 と、思ったら、腹に強烈な一撃がくわえられる。
「ぐはっ!」
 全く予想していなかった攻撃だったため、まともに食らってしまった。
 身体は勢いよく後方に吹っ飛び壁に激突し、強かに背中を打った。その衝撃に思わず声を上げ、床の上に崩れ落ちる。
 受け身を取れなかったのでかなりダメージがでかく、すぐに立ち上がる事は出来そうもない。
 それでもなんとか顔を上げ、サンジの顔を真っ直ぐに見つめると、彼は冷ややかな瞳をこちらに向けてきた。先程まで可愛らしく紅潮していた顔からは、既に朱色が消え去っていた。変わりに、青色の瞳に激しい炎が沸き上がっている。
「――――場の雰囲気に飲まれて適当な事ほざいてんじゃねぇぞ、クソ剣士」
 低く押し殺した声でそれだけ言うと、彼はその長く細い足を動かし、足音荒くラウンジから出て行ってしまった。出ていくときに、機嫌の悪さを示すようにこれ以上ないほど強く、ドアを蹴飛ばして。
 そんなサンジの行動にウソップが短い悲鳴を上げたが、他の人間はそんな事は気にもせずに、ただただ呆然と口を開いたまま、先ほどサンジが出ていったばかりの、辛うじて蝶番が繋がっている状態のドアを見つめていた。
 いや、彼の子供達は呆れたような顔をしていたが。
 しばらくの間、ラウンジの空気がシンと、静まり返った。唐突な展開に誰もついて行けなかったのだろう。口を開こうとする者は居ない。
 そんな静まり返った空気を裂くようにボソリと、呟く。
「――――なんで、そうなるんだ?」
 ようやく自分の思いを自覚出来たというのに。その言い草は無いのではないだろうか。こんな事になるなら、いわない方が良かったのだろうか。はっきり言って、言い損だ。
 二度と言わねーぞ、コンチクショウと胸の内で呟きながらサンジが出て行ったドアを睨み付けていたら、セイの傍らに立ったままで居たリョクが小さくため息を吐き出した。
 そして、ゾロへと視線を向けてくる。
「――――じごうじとくだ」
「あぁ?」
 なんでお前みたいなガキにそんな事を言われないといけないのだと睨み返すと、リョクは怯んだ様子も見せずに言い返してきた。
「船にもどったあとも、父さんはろくに母さんに気を向けてなかっただろ。それで好きだなんだと言われても、信用できるわけがない」
「ソレは………」
 確かに、そうかもしれない。だが、意識してなかったわけではない。意識しすぎて接触出来なかったのだ。
 今思えば、だが。
 今思えば当時の気持ちはそうだったのだと分かるが、今となっては、それはタダの言い訳だろう。
 言い訳になるからなんの反論も出来ずに黙り込んでいたら、それまでテーブルに突っ伏していたセイが顔をあげてきた。そして、涙に濡れた顔をムッと歪めながら言葉を発してくる。
「本当に母さんの事が好きなら、さっさと追いかけたら? それがせいいってもんじゃないの?」
 年端の行かない子供に諭すように言われ、一瞬怒鳴り返しそうになったのをなんとか堪える。そして素直にコクリと、頷く。
「………そう………だな………」
 言葉を発した後、床に落としていた尻を素早く上げて出入り口へと歩を進めた。
 先程サンジに破壊されかけたドアのノブに手をかけ、いつものように開けようとしたが、何故かドアは開こうとしない。
 ドアが開かないなんて事は、些細な事だ。普段だったら気にもしないような事ではあるが、今はそれが、この先サンジが自分を受け入れてくれない事を暗示している様な気がして、一気に怒りが沸き上がる。その怒りにまかせてドアを押し開ければ、辛うじて繋がっていた蝶番が音を立てて取れてしまった。
 背後でウソップの悲鳴が聞こえた気がしたが、無視してむしり取ったドアを甲板に投げ捨てる。そしてニヤリと、口端を引き上げた。
 例え拒まれようとも、このドアの様に強引に押し開けてしまえば良いのだと、思って。相手の気持ちを考えて手を引くなんて、自分らしくない。思うがままに突き進んでやろう。自分には、もう二度と、彼を手放す気がないのだから。
 不敵な笑みを浮かべながら大股に一歩、二歩と歩を進めていく。
 サンジが立てこもったであろう、彼の私室へとむけて。








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《20080315UP》







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