「またどっかの船に誘われてるんだって? で、今回は誘いに乗るのか?」
もう何度目か分からないその質問に、アフトは苦笑を返した。来る客全てがそんな言葉をかけてくる程、噂は広がっているらしい。
今までにも、こういう話が出回った事が何度もあった。月に一度は出回っているのではないかと思う。実際に、それくらいのペースで自分の船のコックになってくれという勧誘を受けているので。勧誘される場所の大半が営業中の店内なのだから、周りの人間に話が伝わるのも当たり前だろう。
だが、今回程多くの人間に誘いに乗る気があるのかを気にされた事はなかった。
今まで気にされなかったのは多分、今まで誘ってきた相手が、ログが溜まるまではしつこいくらいに勧誘をしてくるが、ログが溜まった後はすぐに船を出して島から去っていったからだろう。
なのに、今回の相手は島に来て、と言うか、自分と出会ってから一週間経つというのに、未だに船を出していないのだ。船を出していないどころか、日に数度食事に来て、その都度誘いの言葉をかけてくる。その行動は、どこからどう見ても真剣に自分を勧誘しているようにしか見えない。
だが、船に乗るつもりは欠片もない。小さな店ではあるが、自分が作る料理を気に入ってやってきてくれる客が沢山居るのだ。それに、世話になった人達も沢山居る。その人達に恩を返してもいないのに島を出るなんて事、出来るわけがない。
「今回の奴等は相当しつこいらしいじゃねぇか。どうよ、心動かされたりしてんのかい?」
冗談めかして。だが、こちらの胸の内を探るように、常連客が問いかけてくる。否と言ってくれと、瞳で懇願しながら。
そんな常連客に、意地の悪い笑みを向けながら返す。
「どうだかねぇ〜〜。まぁ、動かされてたとしても、お前には教えねぇけどな」
「おいおい、意地悪するんじゃねぇよ! 俺とお前の仲だろうがよぉ〜〜!」
「アホか。お前と俺との間には、客と店主って関係しかねぇだろうが」
「持ちつ持たれつの関係って言えよ」
「頭が悪い割には口が回るよなぁ、お前は」
常連客の軽口に、馬鹿にするような眼差しを向けながら言葉を返せば、男は直ぐさま眦をつり上げ、怒鳴り返してきた。
「俺は頭は悪くねぇよ!」
「知ってるか? 人間ってーのは、図星をさされるとむかつくもんなんだぜ?」
怒りのオーラを迸らせながら怒鳴り返してくる常連客に、馬鹿にしていることが丸わかりな口調で返しつつ、注文品をテーブルに置く。そして直ぐさま、厨房に戻った。注文はひっきりなしに来ているのだ。一人の客と長々話している暇はない。出来上がった料理を運ぶ時間も惜しいくらいだ。
だが、一人しか雇って居ないウェイターでは、タイミングによっては捌ききれなくなるのだ。だから、たまに自分で運ばないといけない事態に陥ったりする。
次々によこされる注文をさばきながら、チラリと時計を眺め見る。
店の営業時間は、昼は十一時から二時半まで。夜は五時半から十時までだ。材料が無くなれば早めに切り上げる事もある。
その営業時間の終了一時間前くらいに、麦わら海賊団の一員はやってくる。
毎回毎回、みんなで仲良く。
パッと見海賊らしくないので、他の客は彼等の事を海賊だとは思っていないようだ。彼らがやってきても、怯えた様子を欠片も見せない。長閑な島で海軍の駐屯地が無いからか、手配書を貼っているのは船着き場にある掲示板だけだからか、この島には賞金首の顔を知っている者が居ないのだ。乗員が十名にも満たない彼らが海賊であることに気づけるわけがない。
そもそも、十人にも満たない人数で構成されている海賊団というのがおかしい。いくら高額賞金首の集まりとは言え、あんな少人数で、大型船を連ねて海を渡っている海軍と、どう立ち向かうというのだろうか。不思議で仕方がない。
船大工らしいフランキーが異様に自信満々な事から、逃げ足の速さがピカ一なのかなとも思うが、それだけで渡っていけるほど、グランドラインは甘くないだろう。
何はともあれ、今の時刻は閉店一時間半前だ。後三十分もしたら、奴らが来る。そろそろ残った食材を全て使って奴等に食わせる料理を作って置くべきだろう。
そう考えたところで、自然と口元に苦笑を刻み込んだ。
すっかり彼等に飯を食わせる気になっている自分に気がついて。
「なんだ、随分楽しそうじゃねぇか」
フイに聞こえてきた聞き慣れた声に、アフトは鍋に向けていた顔を上げた。そしてニッと、笑いかける。
「久しぶりだな、アイン。今回の成果はどうだった?」
「そこそこって感じだな。とりあえず、土産。なんか美味いモノ作ってくれ」
そう声をかけてきたのは、一番懇意にしている男だ。漁師をしているからか、肌は健康的に浅黒く染まっている。まったく日に焼けていない肌の自分の隣に立つと、真っ黒に見えるほど。
肌だけ見ると、全く人種がことなっているように見えるが、髪の色はアフトに似ている。アフトよりも若干濃い色の金色なのだ。
そんな男が、言葉を発しながら大き目のクーラーボックスを差し出してくる。
入っているものがなんなのかは、中身を確認しなくてもわかっている。この近辺ではなく、少し遠くの海で取れる魚だ。遠方の海で漁をしてくるアインは、上陸するたびに、とったモノの一部をアフトにもってきてくれるのだ。
と言っても、店に出すためにではない。自分が食べるためにだ。
ソレが分かっているので、態とムッと顔を歪めて見せた。
「てめぇで食うのに土産もクソもあるかよ」
「ただで良い食材を使って料理出来んだ、喜んどけよ」
「喜べるか、アホ」
まったく悪びれなく返された言葉に軽く顔をゆがめながら言って返しはしたが、市場で買うにはちょっと高くて店に出す料理に使えない魚を思う存分使えるのは、正直嬉しい。土産になっていないと言いはしたが、ちゃんと土産になっている。
それがアインにも分かっているからこその、土産なのだろう。本当に土産らしい土産をもってきたところでアフトが受け取らないのは、分かっているから。
軽口を叩き合ったことで帰還の挨拶が済んだと判断したのだろう。アインは定位置ともいえる、厨房の中が良く見えるカウンターの一席に腰を下ろした。それを確認してから、受け取ったクーラーボックスの蓋を開き、中に納まっている魚を確認する。そして、その中からアインが好んで食べる魚を二三取り出し、調理をし始める。
アインだけでは食べきれないものは、後から来るであろう海賊達の飯にしようと思いながら。
魚料理が出来る間に食べるものを適当に見繕い、アインがキープしている酒をグラスに注いで渡せば、彼は軽く瞳を輝かせたあと、嬉しそうにグラスを傾けだした。つまみを口に入れ、更に嬉しそうに微笑む。
しばし無言で箸を進めていたアインは、グラスが空になったところで追加を要求してきた。そのグラスに新たな酒を注ぎ込み、仕事に戻ろうと踵を返したところで、声をかけられる。
「なんか、変な連中につきまとわれてるんだって?」
「――――あぁ、まぁな」
その問いに、僅かな間を開けた後コクリと頷き返した。
どうやら噂は本当に広く出回っているらしい。戻ってきたばかりのアインの耳にも入る位なのだから。
いや、自分との付き合いが深いと分かっているから、誰かがわざわざアインの耳に入れたのかも知れない。
「大丈夫なのか?」
心底心配そうに問いかけられ、思わず苦笑をこぼした。そしてふらりと、右手を振り返す。
「あぁ、まったく問題ねぇよ。アホみたいにしつこいだけだからな」
「そのしつこさが問題なんじゃねぇのか? いつまでも良い返事が貰えないからって、突然キレたりとかよ」
「あぁ、そりゃぁねぇだろうな。理性的な女性が二人いるから、アホな男共が暴走したら諫めんだろ」
「女なんかに本気になった男を止められるかよ」
ムッと顔を歪めながらの発言に、アフトは軽く肩を竦めて返した。世の多くの女性には無理な事かも知れないが、あの二人なら、ナミとロビンなら間違いなく仲間の男達を制御出来るだろうと、思って。
だが、そんな事を言ってもアインは信じないだろう。信じないと分かっている人間に説明するのは時間の無駄と言うモノだ。
話は終わりとばかりにさっさと厨房に戻り、作業を再開させた。そんなアフトに、アインが真剣な声音で言葉をかけてくる。
「とにかく、やばそうになったらすぐに相談しろよ。俺でも良いし、クラークでも良い。とにかく、信用出来る奴に相談しろ」
その言葉に、気づかれないように軽く眉間に皺を刻んだ。
アインが本気で自分の心配をしている事は、良く分かっている。どうやら彼にとって、自分は未だに庇護すべき対象の様なので。もう、自分の方が彼を守れるだけの力を持っているというのに。
だが、もう自分ひとりで大丈夫だと。アインの力を借りる必要はかけらもないのだとはいえない。だから、苦笑を浮かべるしかなかった。
「分かってるよ」
そう告げた途端、ムッと顔を歪められた。
向けられた拗ねたような眼差しには、全然分かっていないと言いたげな光が宿っている。
「――――しばらく、うちに来るか?」
若干の間のあと、そんな言葉をかけられた。その予想外の言葉に、軽く目を見張る。
「はぁ? なんでだよ」
「だってお前のうち、危ないだろ、色々と」
「大丈夫だよ。もう何年暮らしてると思ってんだ」
「何年暮らしてても危険が降りかかるときは降りかかるんだよっ! 俺の家に来るのが嫌なら、俺がお前の家に泊まり込むぞ」
「あのなぁ………」
「――――誰が誰の家に泊まるって?」
どう説得しようとも引きそうに無いアインにどう言ったら引いて貰えるんだろうか。いい加減過保護になるのは止めて貰いたいものだ。そう思いながら深々と息を吐き出しながら零した言葉に重なるように、不機嫌丸出しの低い声が割って入ってきた。
殺気すら籠もったその声にハッと息を飲み、慌てて視線を向けると、そこにはもう既に見慣れた緑頭の男の姿があった。
元々怖い顔をしているのだが、今日は輪をかけて怖い顔をしている。昼間来たときはいつも通りだったのに。日中になにか嫌な事でもあったのだろうか。
「サンジーーー! 飯〜〜〜〜〜!」
「こんばんわ、サンジ君。もう、お腹ぺこぺこなの〜〜〜! 早く何か食べさせてよ〜〜〜! あ、そこの人とそこの人、そっちの空いてる席に移ってくれる? あんたはあっちね、宜しく〜〜」
それぞれ言いたい言葉を言いながらドカドカと店に入ってきた麦わらの一味は、見知らぬ他人に向かって殺気を放っているゾロなど無視して、勝手に自分達の席を作るために客の移動をし始め、空いた席に腰を下ろした。
「ウェイターさーーん。ここの席の片付けお願いねぇ〜〜」
当然の様にそんな頼み事をしてくるのは、毎度の事だ。初日には目を点にしていたウェイターだったが、もう慣れたのだろう。言われる前に盆を手に取り、麦わら一味が陣取った席の片づけをし始めた。
慣れたのはウェイターだけではなく、常連客の大半もだ。誰もがナミの指示に仕方ないなと苦笑を浮かべつつ従っている。
そんな客達の動きを、アインは呆然と見つめていた。なにが起きたのか分からないと、言いたげに。
「――――そいつらが、今噂の連中だよ」
「え……? あっ!」
一瞬なんの事を言われたのか分からなかったのだろう。アインはアフトの言葉に間の抜けた声と表情で首をかしげた後、ハッと息を飲み込んだ。そして、マジマジと一つのテーブルに座している麦わら海賊団を見つめる。
「――――何をやってる奴等だ?」
「さぁね」
誰もが感じるであろう疑問を口にするアインに軽く返し、ゾロへと視線を向けた。そして軽く顎をしゃくる。
空いているカウンター席に座れとの無言の指示が分かったのだろう。ゾロは素直に席についた。その男の目の前に、仕入れておいた安いけれども度数の高い酒瓶を置く。
食べ物の注文は聞かない。ソレは、麦わらの一味全員に関してもそうだ。メニューにそった注文を聞いていたら仕事の手が追いつかなくなる事が、初日に嫌という程良く分かったので。だから二回目からは、最初に出された料金内で出来うる限り大量の料理を作る事にしたのだ。
「店長、今回の」
「あいよ」
テーブルを片付け終えたウェイターが、ナミから渡された今回の料金を差し出してきた。ソレを軽い口調で頷きながら受け取り、巾着袋に入っている金の額を確かめてからレジに突っ込む。空いた巾着袋はウェイターに戻し、先に作っていた料理と共にウェイターに託す。
そんなアフトと麦わら一味のやり取りを見ていたアインは、ただただ驚きに目を見開いている。やり取りだけではなく、ルフィの尋常じゃない食欲にも驚いている様だが。
「――――どうなってんだ? あれ、ほんとに人間か?」
「一応生物学的にはそうみたいだぜ。ともかく、相手はあんな連中だ。そこまで警戒する程のもんでもないだろ」
「いや、でもな………」
「とにかく、不味いと思ったら真っ先に相談するから。しばらくは俺を信頼して見守っててくれよ」
ニッと口端を引き上げながら言葉をかければ、アインは納得出来ないと言いたげな表情を浮かべながらも頷き返してきた。
「――――わかった。今回は引いておく。でも、ほんとに何かあったらすぐ言えよ。島にいる間は毎日来るからな」
「おう。待ってるぜ」
その言葉を最後に、アインは代金を払って店を後にした。多少、後ろ髪を引かれている様子ではあったが。
アインの姿がまったく見えなくなったところで、深々と息を吐き出す。
良いヤツではあるが、あの過保護っぷりはどうにかならないものかと思って。
「何者だ、あいつは」
不意に聞こえてきた不機嫌丸出しな声に、アフトは調理に向かいかけた意識と瞳を声の主へと流した。
その視線の先には、先程と同じ不機嫌丸出しのゾロの顔がある。
「あいつって、アインの事か?」
「それ以外にいるかよ」
挑戦的な口調で返してくるゾロの態度に、眉間に皺が寄った。他のクルー達のようにフレンドリーに言葉を交わす事も無かったが、こんな口調で言葉をかけてこられた事もなかったので。こんな、敵意丸出しな口調で。
いったい何なのだろうかと、ゾロの気配を探ったところで、気がついた。その敵意が自分に向けられているものではなく、つい先ほどまでこの場に居た、アインに向けての敵意だと。
軽く首をひねる。いったいどうしたのだろうかと、思って。アインが何かした様子は無かったのだが。
麦わらの一味が悪い奴等ではない事は、短い付き合いで分かっている。まだ本性を隠しているだけだと言う者も居るが、心根が真っ直ぐな奴等なのだと、アフトは思う。
ゾロもそうだ。血に飢えた野獣だとか、百人切り刻んでも笑っているとか、そう言う悪い噂を良く聞くが、本物のゾロはそう言う男ではないと思う。
だが、それは自分が勝手に感じている事だ。実際は世間の噂通りの人間なのかも知れない。その判断をつける程深く付き合っているわけでもないので、対応は慎重なものにしないといけない。だからアインの事は、そう易々と告げられない。
「なんでそんな事聞くんだよ」
軽く警戒心を強めて問いかけると、ゾロの瞳の鋭さが増した。
「言えねぇ関係なのか?」
「どんな関係だ、そりゃ」
意味がわからねぇ吐き捨てれば、ゾロの視線の鋭さが増す。
いったいなにに苛ついているのか分からないが、今日は相当機嫌が悪いらしい。まさかここで暴れ出すつもりだろうか。だとしたらその時は、責任もってルフィ達に引き取って貰わねば。店を壊したら弁償もさせよう。
そんな事を考えながら、ゾロの瞳を真っ直ぐに見つめる。
「で、なんでそんな事を聞くんだよ。言えないような理由があるなら教えねぇぞ」
静かな口調で問いかけると、ゾロはグッと口を噤んだ。どうやら言いにくい理由があるらしい。もしかしたら、自分につきまとっているのは、自分がサンジとか言う男である可能性があるからではなく、アインになにかあるからなのだろうか。彼と自分の仲が良い事は、知り合いに聞いて回ればすぐに分かる事だし。
とは言え、アインにも海賊に狙われる覚えはないだろう。
いや、もしかしたら、彼が漁をしているときに、麦わら一味にとってばれては不味い出来事にぶつかったのかもしれない。隠していた宝を探り当てたとか。
だとしたら、追いかけてくるのは当たり前の事だろう。
だが、そんな小さな事に拘って、いち漁師を追いかけ回す連中だとは思えないのだが。
軽く首を捻りながら考え込んでみたが、答えが分かる訳がない。自分はゾロでも、麦わらの一味でもないのだから。
「――――てめぇとやたら仲が良さそうだから、気になっただけだ」
「は?」
考え事をしている最中に割り込んできた低い声に、アフトは間の抜けた声を返した。
どうやらアインを気にかけていた理由を言われたらしいとは思ったが、理由にするにはおかしな内容だとも思った。なので、素直に疑問を口にする。
「なんで俺と仲が良さそうだと気にするんだよ?」
その問いには答えたくないらしい。ゾロはより一層不機嫌そうに顔を歪め、口を閉ざした。だが、先程まで感じていた殺気は無くなっている。不機嫌そうなのは、ただ単にへそを曲げただけのようだ。
いったい何なのだろうか、この男は。
なにをやりたがっていて、なにを考えているのだろうか。さっぱり分からない。
分からないが、深く追求しようとも思わない。親しく付き合う必要性を感じない事だし。
とはいえ、それなりに友好的な付き合い方をして置いた方が良いだろうとは思う。なにしろ、彼らは悪名高い麦わら海賊団なのだから。なので、最初の質問には答えておく。
「アインは漁師だよ。近海じゃなくて、ちょっと遠くの海に出てる。この店を開いたときからの常連で、友達だ」
「――――ただの友達にしては、随分てめぇの事を気にかけてたみたいじゃねぇか」
「ソレは………」
答えかけ、どうしようかと考える。こいつに下手な事を言うと面倒な事になりそうだなと、思って。
なので、適当に濁しておく事にする。
「面倒見が良すぎる奴なんだよ。やっかい事に首を突っ込むのが趣味みたいな奴でさ。喧嘩の仲裁に入るのなんてしょっちゅうだ。だから、今街で噂になる程変な輩に絡まれてる俺の事が心配になったんだろ」
実際にそう言う男だからまるっきり嘘ではないのでサラリとよどみない口調で告げたのだが、まだ何か疑っているのか。探るような瞳を向けられた。
だが、アフトの瞳からは嘘の気配を読み取れなかったらしい。ゾロは小さく息を吐き出した後、頷き返してきた。
「そう言う事にして置いてやる」
「――――何でそんなに偉そうなんだよ」
ソレを最後に会話を切り上げ、店内からかけられた次なる料理を求めるルフィの声に答えるべく、調理に集中する。
彼の腹を満たすためには相当な量の料理を作り上げないといけないことが、この一週間で良く分かったのだろう。常連客達はしばしルフィの食いっぷりを見学した後、それぞれの家へと戻っていった。
麦わら海賊団も、閉店時間には食事を終えて店を出て行く。長々と居座る事はまず無い。仕事中に『サンジ』との思い出話をしてくる事はあるけれど。
そのいくつも聞かされた思い出話は、話としては面白いが、現実の事とは思えない程スケールがでかかった。アラバスタでの戦いや、ウォーターセブンの戦い、エニエスロビーに、スリラーバーク。とうてい信じられるものではなかった。そこに自分が加わっていたと言われたら、余計に。
話を聞くのは楽しかった。もっと話を聞きたいと思う程。だが、どれだけ話を聞いても記憶の琴線に触れるような事は全くない。
それだけの大冒険をしてきたのだ。例え記憶喪失になっていたとしても、仲間の話に触発されて思い出す事の一つや二つあるだろうに、欠片程も思い出しそうにない。
だから、自分か彼等の『サンジ』ではないのだと思う。彼等にも何度もそう告げたが、引き下がってくれない。
「じゃ、サンジ君。明日のお昼も宜しく。ほんとは朝食も作ってもらいたい所なんだけど。まだ正式なクルーになってないサンジ君にはそこまで要求出来ないから、我慢しておいてあげるわ」
毎日同じような言葉を発しながら笑いかけてきたナミは、そこで一旦言葉を斬った。そして、可愛らしく首を傾げながら問いかけてくる。
「ねぇ。まだ船に乗る気にならないの?」
その問いかけも、毎日かけられている。飽きもしないで良くなども同じ言葉を告げられるモノだと、感心するほどに。実際表に浮かぶのは関心の表情ではなく、苦笑なのだが。
「だから、俺はサンジじゃないって言ってるだろ。船に乗る気もないよ。誘ってくれるのは嬉しいけど」
「そう言っていられるのは今の内よ。ルフィがその気になったらサンジ君の気持ちなんて丸々無視だから」
「だから、俺はサンジじゃないって……」
「じゃあね、サンジ君! お休み!」
「お休み、サンジ!」
「ごちそうさま、サンジ」
「だから……」
サンジと呼ばれるたびに訂正しているのに、麦わら一味は誰も呼び方を改めようとはしない。いい加減訂正するのも疲れてきて、それでも良いかと思ったりもしたが、一つ許すと次々に色々な事を許す事になり、最終的には船に乗ることを承諾させられる事態になりかねないと思い、訂正を続けているのだ。
今日も結局最初から最後までサンジ呼ばわりしながら、麦わらの一味は店の外へと出て行った。そんな海賊達の背中を見送った後、深々と息を吐き出す。
「―――ほんと、頑固な奴らだぜ」
ボソリと呟いた後は直ぐに気を引き締め直し、ウェイターと共に店内の片づけを終わらせた。店内が綺麗に片付いたところでウェイターを帰し、自分は店の売上金の計算をし始める。
今日もそれなりの売り上げが出ている事を確認してから明日の朝と昼に使う仕入れの金額を用意し、朝の分だけ懐にしまい、昼の分と残りの売上金を金庫にしまってから店を出る。
「おい」
「おわっ!」
店の鍵を閉めたところで横合いから声をかけられ、思わず声を上げてしまった。身体は自然と後方に飛び退き、戦闘態勢をとる。
だがすぐに、戦闘態勢を解除した。そこに居るのがゾロだという事が、分かって。
「テメッ……脅かすなよっ!」
「気付かないてめぇが悪い」
「気付かれたかったんなら気配を消すんじゃねぇよっ!」
ツラッとした顔で言い返してくるゾロにむかつき怒鳴り返せば、彼はフンと鼻を鳴らした。負け犬の遠吠えなど聞かないと言いたげに。
ムッと顔が歪んだ。彼にそんな態度をとられる事に、もの凄くむかついたので。
「――――大体てめぇ、こんな時間にこんな場所でなにやってんだよ」
「んなもん決まってんだろうが。てめぇを待ってたんだよ」
「待ってた?」
ソレは全く予想外の言葉で、アフトは軽く目を見開いた。そして、首を捻りながら問いかける。
「なんで?」
「てめぇの家に行くためだ」
「はぁ? なんで?」
「放っとくと危ねぇみてぇだからな」
それだけ言うと、ゾロはさっさと歩を進めだした。こちらの考えを聞く気など更々無いと言わんばかりの態度で。守ってやるんだから文句を言うなと、言わんばかりの態度で。
眉間に深い皺を刻み込む。そんな風に思われる程弱くないのだ、自分は。見た目が優男風だからか、自宅の回りでも絡まれる事は多いが、そう言う輩はことごとく排除してきた。排除するだけではなく、二度と自分にちょっかいをかけてこないようにと、コテンパにのしてきた。今では何かトラブルがあったときに助けを求められる程、その強さは界隈に知れ渡っている。そんな自分に挑んでくる愚か者は、新参者くらいだ。
だから心配される謂われはない。
だが、ゾロにそんな事を言っても通じないだろう。ゾロだけではなく、麦わらの一味全員に。何しろ彼等は、人の話を聞こうとしないから。
深々と息を吐き出した。
ここで彼を振り切るのは簡単だ。だが、後々面倒な事になりかねない。だったら、今この瞬間に面倒な目にあった方がマシだろう。
そう思い、アフトは歩を進め出した。ゾロが歩き進む方向とは、全く逆の方向へ。
そして、一声かける。
「俺の家はこっちだ、アホ」
慌てて振り向きこちらに向かって駆けてくる気配を背中で感じつつ、苦笑を浮かべた。
訳が分からない男だとは思う。
だけど、憎めない男だと、思いながら。
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《20100509UP》
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