風呂から上がったアフトは、窓辺に座り込む男の姿を発見し、歩み寄った。
 なにもない部屋だ。一人で居ても時間を潰す方法などなにもないのだ。退屈していたに違いないと、思いながら。
「まぁ、気を使う事はねぇんだけどな」
 客じゃないのだし。そう自分に言いながら男の目の前に立った。そして、一声かける。
「貸してやれる着替えはねぇけど、風呂に入りたいなら入って来いよ。タオルくらいは貸してやるから」
 言うだけ言って踵を返し、ベッドに入ろうとしたアフトだったが、いつまで経っても返事がない事に気付いて足を止めた。
 気を使ってやる必要など欠片もない相手に多少なりとも気を使ってやったのに無視するとは良い度胸だと、思って。
「おい。返事くらいしろよ。何様だ、てめぇ」
 怒っているのが丸わかりな声をゾロに叩きつけたが、全く反応が返ってこない。その態度により一層怒りが沸き上がり、アフトは強い殺気をその全身から迸らせた。
 だが、それでもゾロはなんの反応も示してこなかった。顔を上げる事すらしない。
 小さな港町で食堂をやっている男の殺気になんて反応する価値もないと言うのだろうか。多分、そう言うつもりなのだろう。
「てめぇっ!」
 そう長くない堪忍袋の緒が切れて、アフトは大股でゾロに歩み寄った。そして、その胸ぐらを掴みあげようとしたところで、気付く。
 ゾロが、健やかな寝息を立てている事に気が付いて。
 タヌキ寝入りかと思った。床に直接座り込むような体勢で眠れるわけがないから。例えうつらうつらする事はあっても、完全に眠りに落ちるなんて事が出来るわけがない。
 だが、揺すっても叩いてもゾロが目を覚ます気配はなかった。目を覚ますどころか、瞼をピクリとも振るわせない。
「――――マジかよ。どんだけ図太い神経してんだ、てめぇ」
 仮にも高額賞金首だ。いつその命を狙われるかも分からないのだ。そんな男が、初めて訪れた部屋でぐーすか眠り込むというのは、いかがなモノだろうか。相手が素人とはいえ、本気の殺気もぶつけられたというのに起きもしないというのは、いかがなものだろうか。
 どうやらアフトの身を心配して付いてきたようだが、人の事よりも自分の身を守る事を考えた方が良いのではないだろうか。皮肉ではなく、本気でそう思う。
「まぁ、俺には関係無い事だけどな」
 そう呟き、自分もさっさと眠ろうとベッドに向かいかけた。だがすぐに視線をゾロへと向け直し、その傍らに置かれたままの毛布を手に取る。
 起こさないよう気をつけながら、手にした毛布をゾロの身体に巻いてやる。別にそこまでしてやる義理は無いよなと、思いながらも。
 毛布を巻かれたことで温かくなったのか。ゾロの口元がほんの少しだけ揺るんだ。どうやら寝具を使うと眠れないと言う人間ではなかったらしい。だったら最初から自分で巻くなり羽織るなりすればいいモノを。
「変な奴」
 呟き、クスリと笑みを零した。人のことよりも自分の事を考えた方が良いのではないかと、思いながら。
「――――お休み」
 ゾロの肩を軽い手つきで叩きながら、眠る前に誰かにかける事など久しくなかった言葉を口にした。そして、一度離れたベッドに向かう。
 今度は行動を途中で止めずに横になった。そして、直ぐさま目を閉じる。明日も早朝に起き出して市場に向かわなければならないのだ。昼と、夜の営業に使う食材を買うために。
 ここ最近はルフィが来るから買う量も増えた。そのせいで、今までリアカーを引けば一度に買い出し出来たモノが、一度で済まなくなってしまったのだ。その分、早く家を出なければならない。下ごしらえする食材の量も増えた。時間はいくらあっても足りないくらいだ。
 だからといって、調理スタッフを雇う事は出来ない。こんな事がいつまで続くか、分からないから。ルフィ達は、明日にでも居なくなるかも知れないから。
 そう思った瞬間、ほんの少しだけではあるが寂しさを感じた自分に苦笑した後、一切の思考を閉じた。
 明日一日働き続けるための英気を養うために。







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《20100905UP》












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