家に帰り着いた途端に携帯の着信音が鳴り響いた。誰からだろうかと携帯を開いた三井の眉間に、自然と皺が寄る。
「――――なんの用だ?」
『随分な言い草っすね』
 電話に出るなり告げた言葉に、相手はそんな無礼な言葉を気にした様子もなく、苦笑の浮かぶ声で返してきた。
 電話の相手は宮城だ。三井が東京から遠く離れた、一度は飛行機に乗らないとたどり着けない程遠くにある田舎の高校に就職してから会う機会は無くなったとは言え、高校大学時代は度々遊びに連れ立った仲でもある。今更三井の対応をどうこう言ってくることもない。何事も無かったようにサラリとした口調で問いかけてくる。
『テレビ見ました?』
「なんのだよ」
 かけられた言葉に、三井は呆れの色を含んだ声で返す。テレビの番組は山程ある。いきなりそんなことを問われても、答えようがない。
 だが、宮城はそう思わなかったらしい。信じられない言葉を聞いたと言わんばかりの声音で言い返してくる。
『今日のテレビで見たかどうかって言ったら、ワイドショーに決まってんでしょうが』
「ワイドショー?」
『そうっすよ。流川帰国のワイドショー!』
 本日何度聞いたか分からないその名を耳にして、心臓が小さく跳ねた。だが、そんな事を宮城に気取られるわけにはいかない。三井は普段と変わらない口調になるよう気を使いながら、言葉を返した。
「あぁ、それなら見たぜ。相変わらずな感じだったな」
『相変わらずっつーか、拍車がかかってる気がしたけどね』
「それは確かに」
『それはまぁ、流川だからどうでも良いんすけど、最後のコメント、どう思います?』
「――――最後のコメント?」
 問われた言葉に、鼓動が早くなる。自然と顔が引きつった。だが、幸いなことに相手は電話の向こうにいる。声の調子さえ変えなければ、今の自分の表情がばれることは無いだろう。
 そう思い、三井は努めて平静な声音で返した。その返答に、宮城が力強く頷き返してくる。
『そう。最後の、迎えに行くとかなんとか言ってたの。アレってヤッパ、恋人を迎えにきたっつー事ッすよね?』
「んなの俺が知るかよ。知りたいなら本人に聞けっつーの」
『流川に連絡なんて取れるわけねーじゃねーっすか。そもそも、連絡先しらねぇし』
「実家に問い合わせれば良いだろ? 元キャプテンなんだからよ」
『聞いたけど、教えてくれなかったッすよ。まぁ、時の人になっちまいましたからね。元同級生を名乗って連絡先を聞きだそうとする輩が沢山居るでしょうから、そうするのも分かりますけど。だから、折角帰国したんだし、全国行ったメンバーで集まって祝ってやろうって話も流れちまったんすよ』
「連絡着いてたってこねぇんじゃねぇの? あいつなら」
『その可能性もありますけどね〜〜。つーか、来ないに決まってるだろうから、誰も真剣に企画しなかったんでしょうけど』
「まぁな。まっ、企画が通ってても俺は行かなかったからどうでもいい話だけどよ」
『来なかったすか?』
「行けるかよ。有休取らないと関東になんか行けねぇもン」
『取ればいいじゃないッすか』
「バーか。学校の先生は意外と大変なんだよ!」
 軽く言ってくれた宮城に、軽く怒鳴るようにして返した。実際、忙しくて休みを取っている場合でも無かったので。
 とはいえ、取ろうと思って取れないことはないだろうと思う。担任を持っているわけでもないから。だが、取ろうとは思わなかっただろう。それを宮城に伝えるつもりは、無いけれど。
「なんにしろ、そんな女が居たんなら帰るときにでもまた話題になんだろうぜ。何しろ今のアイツは、スーパースター様だからな。なんか動きがあったら、すぐにワイドショーで取り上げてくれんだろ」
『そうっすよね。いやぁ、どんな女なんでしょうね、流川の恋人って。なんか想像出来ねぇんだけど』
「――――そうだな。意外と大人しいお嬢様タイプかもしれねぇぜ?」
『えー? そうっすかねぇ。主導権握って引っ張っていってくれるようなタイプじゃねぇっすか? アイツってバスケ以外の事は面倒くさがりでなにもしようとしないし』
「んじゃぁ、意外に彩子と付き合ってたりしてたんじゃねぇ?」
『なっ……なに言ってンすか、あんたっ! アヤちゃんと流川が付き合ってるわけないじゃないっすか!』
「何って、そう考えるのは当然のことだろうが。お前の言うタイプに当て嵌まるしよ。あいつが日本に居る時に知り合ってる女で付き合い深い女なんて、アイツだけだろ?」
『それはそうかもしれないっすけど……でも、ソレはないです! アヤちゃんは流川となんて付き合ってませんッ!』
「どうだかねぇ」
『ちょっと、三井サンッ!』
 慌てる宮城をからかいつつしばし会話を続けた三井は、電話を切った後に、深いため息を吐き出した。そして、ベッドの上に俯けに倒れ込む。
「――――アホな事言いやがって」
 身内と言っても良いだろう人間がこれだけ騒いでいるのだ。彼の事を追いかけているマスコミが、このネタを追いかけない訳がない。
「どうなんだかなぁ……」
 見慣れた天井をボンヤリと眺めながら、呟くように漏らす。彼は本気であんな事を言ったのだろうかと、思いながら。
 多分、本気なのだろう。彼は昔から有言実行型だ。言ったことは必ずやり遂げている。だが、何年も前の約束を、未だに覚えているとは思いがたい。アメリカに渡って沢山の人と関わって、考えだって変わっているだろうと、思うから。
 しかし、変わっていたらあの言葉は出てこないだろう。わざわざ、誰が見ているかも分からない全国放送で、あんな事は言わないだろう。
 いくら、流川でも。
 いや、流川だったら言うだろうか。自分の目的を達成させるためならば、誰が何をどう考えようと、構いはしないだろうから。
「勘弁してくれよ、ったく………」
 心底嫌そうに深いため息を吐き出しながらゴロリと身体を転がし、ベッドの上に俯せる。
 そう言いながらも緩む頬を、自覚したくなくて。
 沸き上がってくる喜びを、押し殺したくて。
 変に期待をして傷つくのは、嫌だったから。

















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《20061224》







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