2.パーソナルフォン/モバイルフォン/プライベートフォン
まずは、独身者。これは男女とも携帯電話をパーソナルフォンとして利用している。たとえば、独身者は初対面の相手であっても、ためらいなく携帯電話番号を教える傾向が強い。しかし、かかってくる電話すべてに応答したりはしない。やはり「番通選択」が一般化しつつあるのだ。独身者は若年層が多いだけに、当然の結果ではあるが。
ゆえに、携帯電話のメモリ登録や普段携帯電話を利用して連絡をとる相手の数は、独身者がはるかに多い。しかし、携帯電話を離れ、人間関係一般を尋ねると、おつきあいのある人や頻繁に連絡をとる人の数などは既婚者の方が独身者より多い傾向がある。つまり、独身者は親しい人からもそうでない人からも、自分に対するすべての連絡を携帯電話で受け、自分からの連絡も携帯電話を使う。個人専用連絡手段として携帯電話を使っているのだ。個人専用であることをうまく利用するからこそ、携帯電話で状況に応じてつきあう相手を選択できるのである。
このような独身者の携帯電話利用スタイルに対して、既婚者の利用スタイルは男女で若干異なっている。
既婚男性にとっての携帯電話は、あくまで家庭の電話や職場の電話の延長上にある。携帯電話に限らず、既婚男性の電話利用といえば仕事関係が中心。プライベート利用は少なく、時間も短い。「特に用件のない電話利用」自体が考えられないのだから、独身層に多い「用もないのに携帯で話す」といった利用は想像できないのであろう。有線の電話がないところで、その「代用」として携帯電話を利用する。だから、携帯電話抜きの人間関係も多いようだ。しかし、「必要」のある限り、携帯電話で長話をすることもある。一般的に長電話といえば「女性」の特徴と思われがちだが、携帯電話での10分以上の通話経験者は既婚男性の方が既婚女性より多い。既婚男性のこのような利用をモバイルフォンとしよう。
既婚男性とは異なり「用件のない電話利用」は多い既婚女性だが、「用もない携帯電話利用」はさほど浸透していない。携帯電話の利用頻度は低く、長話も少ない。家庭や職場の電話と使い分け、「本当に」必要な時だけ携帯電話を使っているようだ。さらに、興味深いのは利用動機に「家族からすすめられた」が出てくること、携帯での通話相手で家族の比重が高いことである。また、実際に携帯電話で連絡をとっている相手が少ないことも特徴的だ。どうも、既婚女性は家族を中心とした限られた人とのホットラインとして携帯電話を使う傾向がある。これをプライベートフォンと呼ぼう。(ちなみに、プライベートな目的における携帯電話利用に限っても、既婚男性の場合、家族と並んで仕事関連が大きな位置を占めている。)
独身層では見られない性差が既婚層で見られることは、きわめて順当な結果である。なぜなら、独身層より既婚層において男女の対人ネットワークや社会的役割の違いが大きいことを裏づけるからだ。実際、携帯電話普及以前におこなわれた家庭での電話利用に関する調査の多くが、同様に独身層には見られない性差が既婚層で存在することを報告している。
それらによれば、家庭での電話利用はそれぞれの対人ネットワークの違いが反映される。独身層では男女とも「ただの友人」を中心としたネットワークを形成しており、差は見られない。しかし、結婚した場合には「妻」が親族とのつきあいを、子供が産まれた場合には「母」が近隣や子供を通じた交友関係を維持・管理するために電話を利用する傾向がある。その一方、「夫」や「父」は仕事関連のつきあいが中心となり、親族・近隣などとのつきあいでは補助的な立場におかれる。今回の調査で独身層/既婚男性/既婚女性で携帯電話の使い方に差が見られたことの原因として、このようなライフステージによるネットワークの違いが考えられるのである。
では、既婚層において携帯電話を駆使し、つきあう相手を自分の都合にあわせて選択するといった行為はおこなわれていたのか。
少なくとも既婚層では番通選択を積極的におこなう傾向はみられなかった。しかし、それはそもそも既婚者は携帯電話の番号をある程度限られた人にしか教えていないため、選択する必要がない、あるいは選択できないからであろう。独身層が番号は誰にでも開示し、かかってきたところで選択するのに対して、既婚層は携帯電話の番号を教えるかどうかの段階で、すでに「選択」している。携帯電話を仕事目的にも使う既婚男性に対して、プライベートでしか携帯電話を使わない傾向の強い既婚女性にとりわけこのようなスタイルが見られた。
もちろん、既婚層は有線の電話の延長上で携帯電話をとらえがちであるため、「かかってきた電話は出なければいけない」と反射的に出てしまうのかもしれない。あるいは、発信者番号表示の存在を知らない人が既婚層には20%弱いることを考えると、独身層と比べると年齢の高い既婚層のメディアリテラシーに原因があるのかもしれない。しかし、既婚層もメディアを通じた独自の「選択」方法を生み出している。初対面の相手には「自宅の電話番号は教える。けれども携帯は教えない。」独身者とは正反対のスタイルだ。
3.今後の課題
では、次に興味をひかれるのは、現状では独身層の携帯電話利用スタイルである番通選択が、既婚層にも広がるのか、あるいは現在番通選択をおこなっている独身者も結婚するとしなくなるのか、それとも番通選択し続けるのか。逆に、既婚層に多く見られる「番号を教えるところでの相手の選択」が独身層に広まるのか。会社支給の携帯と個人契約の携帯を持つ人がすでにいるが、誰にでも番号教えるパーソナルフォンと限られた人にしか教えないプライベートフォンの二刀流が広がることも考えられる
もし、番通選択が携帯電話という「新しい」メディアに長けた若者の利用スタイルであるなら、その若者は年齢を重ねても同じ利用スタイルと継続すると考えられる。しかし、独身というライフステージにおける対人ネットワークの維持・管理において、番通選択という利用スタイルが採用されているだけであるならば、現在番通選択をしている独身層(多くが若者)は、番通選択から「番号を教えるところでの相手の選択」をするようになったり、あるいは有線電話の「代用」としてのみ携帯電話を利用するようになったりする可能性がある。
というのも、先に述べたように、家庭の電話利用に関しては独身者のスタイル(通話相手は友人中心、時間は長い)は結婚によって男女別々のスタイルへと分化する傾向がみられるからだ。もちろん、ライフステージとも密接に関連する家庭という場に据え置かれている以上、そのような変化は当然のことであったろう。しかし、個人に携帯される携帯電話の場合、どうなるであろうか。ワイヤレスからは目が離せない。