このエッセイは、私も参加しているNTTアドのワイヤレス生活研究チームが2000年1月におこなった調査の報告書に寄せたものです。とてもおもしろい結果が得られたので、近いうちに論文にまとめようと思っています。
 この報告書についてのお問い合わせは、NTTアドの明海さん(akemi@ntt-ad.co.jp)まで。

ワイヤレスと選択的人間関係

1.はじめに
 本研究を始めるにあたって、私の念頭にあったのは「選択的人間関係」という単語だ。10代から20代前半の若者の携帯電話利用に関する研究を通じて見つけたこのキーワードについては、すでに拙稿(「若者の友人関係と携帯電話利用−関係希薄化論から選択的関係論へ−」『社会情報学研究』4号、2000年)で議論したが、以下で簡単に問題意識を整理しておこう。
 近年、人との関係がうまく取り結べない若者が増えているとの言説がマスコミでしばしば取り上げられている。世間に衝撃を与えた若者による犯罪の背景を説明して、あるいはより一般的に「近頃の若者はコミュニケーションが苦手」と評する。
 このような言説と偶然、時を同じくして普及したのが、ポケベルや携帯電話といったワイヤレス・コミュニケーションである。「いつでも誰かとつながっていることができる。けれど、いやになったらすぐ切ることによって、その関係性を断つことも可能だ。」ワイヤレス・コミュニケーションの特徴をこのように位置づけ、その爆発的な普及の原因を「若者は人との深いつきあいが苦手であり、かつ、対面コミュニケーションが不得手である」ことに求めた議論が数多く見られるようになった。
 しかし、「若者の人間関係は浅い」との言説を裏づける「証拠」はどこにもない。1970年ごろから継続的におこなわれてきた友人関係に関する調査を検討しても、あるいは実際に今日の若者の友人関係を調査しても「友人」や「親友」は非常に重視されている。ただ、多少変化が見られるのは、その友人や親友とのつきあい方だ。たとえば、親友には何でもうち明け、どこに遊びに行く時もつきあわせる。このような「いつでもどこでも一緒型」のつきあいをする人が減り、かわって「状況選択型」――深いつきあいはする。しかし、一人の親友を四六時中つきあわせたりはしない。方々にいる友人の中から、状況に応じて遊び相手を選ぶ――が増えているのだ。そして、このような友人の選択において役立っているのが携帯電話である。若者の間で広まっている行為に、端末画面にあらわれる発信者番号を見てから、相手と話すかどうかを決めるといった行為――「番通選択」と呼んでいる――がある。携帯電話の番号は誰にでも教える。しかし、実際に誰と話すかは状況に応じて自分が決めるというのだ。
 このように選択的人間関係を描くと、「それこそが浅い関係だ」と見る人もいるであろう。自分にとって都合のよい相手とだけつきあうなんて・・・。その見方にも一理あるが、別の角度からこのような関係性をとらえてみよう。
 制度化され組織化され、参入・離脱の自由がない関係といえば、たとえば、血縁や地縁がそうだ。崩れつつあるとはいえ、終身雇用制度を考えると、職場を通じた関係もこれにあてはまる。それに対して、自由に参入・離脱ができ、拘束性のない人間関係、いわば「ただの友人」――学生時代からの友人や趣味サークルの仲間など――は、ここで述べた選択的人間関係と共通点を持っている。個人が自由にその関係性を選べるような間柄であるからだ。
 だとすると、選択的人間関係の広がりは若者に限らない。むしろ、都市的な現象であり、他の世代にも広がっている。では、「番通選択」ほどの「目新しさ」はないものの、メディアを駆使し、つきあう相手を自分の都合にあわせて選択するといった行為は、他の世代にもみられるのではなかろうか。このような仮説を検証したいと思っていたのだ。
 社会に新たに登場、普及したメディアについては、そのメディアがもたらす新たなコミュニケーション様態や、それがもたらす人間関係や社会構造への影響ばかりが注目を集めがちである。しかし、常に新しいメディアは既存の人間関係や社会構造に埋め込まれて普及していく。ワイヤレス・コミュニケーションはその新しさだけに注目して見ていくのではなく、それを規定する人間関係や社会構造の側からも見ていく必要がある。ゆえに、以下では、今回の調査で得られた知見のうち、性とライフステージによる携帯電話利用スタイルの差に焦点をあてて議論しようと思う。

2.パーソナルフォン/モバイルフォン/プライベートフォン
 まずは、独身者。これは男女とも携帯電話をパーソナルフォンとして利用している。たとえば、独身者は初対面の相手であっても、ためらいなく携帯電話番号を教える傾向が強い。しかし、かかってくる電話すべてに応答したりはしない。やはり「番通選択」が一般化しつつあるのだ。独身者は若年層が多いだけに、当然の結果ではあるが。
 ゆえに、携帯電話のメモリ登録や普段携帯電話を利用して連絡をとる相手の数は、独身者がはるかに多い。しかし、携帯電話を離れ、人間関係一般を尋ねると、おつきあいのある人や頻繁に連絡をとる人の数などは既婚者の方が独身者より多い傾向がある。つまり、独身者は親しい人からもそうでない人からも、自分に対するすべての連絡を携帯電話で受け、自分からの連絡も携帯電話を使う。個人専用連絡手段として携帯電話を使っているのだ。個人専用であることをうまく利用するからこそ、携帯電話で状況に応じてつきあう相手を選択できるのである。
 このような独身者の携帯電話利用スタイルに対して、既婚者の利用スタイルは男女で若干異なっている。
 既婚男性にとっての携帯電話は、あくまで家庭の電話や職場の電話の延長上にある。携帯電話に限らず、既婚男性の電話利用といえば仕事関係が中心。プライベート利用は少なく、時間も短い。「特に用件のない電話利用」自体が考えられないのだから、独身層に多い「用もないのに携帯で話す」といった利用は想像できないのであろう。有線の電話がないところで、その「代用」として携帯電話を利用する。だから、携帯電話抜きの人間関係も多いようだ。しかし、「必要」のある限り、携帯電話で長話をすることもある。一般的に長電話といえば「女性」の特徴と思われがちだが、携帯電話での10分以上の通話経験者は既婚男性の方が既婚女性より多い。既婚男性のこのような利用をモバイルフォンとしよう。
 既婚男性とは異なり「用件のない電話利用」は多い既婚女性だが、「用もない携帯電話利用」はさほど浸透していない。携帯電話の利用頻度は低く、長話も少ない。家庭や職場の電話と使い分け、「本当に」必要な時だけ携帯電話を使っているようだ。さらに、興味深いのは利用動機に「家族からすすめられた」が出てくること、携帯での通話相手で家族の比重が高いことである。また、実際に携帯電話で連絡をとっている相手が少ないことも特徴的だ。どうも、既婚女性は家族を中心とした限られた人とのホットラインとして携帯電話を使う傾向がある。これをプライベートフォンと呼ぼう。(ちなみに、プライベートな目的における携帯電話利用に限っても、既婚男性の場合、家族と並んで仕事関連が大きな位置を占めている。)
 独身層では見られない性差が既婚層で見られることは、きわめて順当な結果である。なぜなら、独身層より既婚層において男女の対人ネットワークや社会的役割の違いが大きいことを裏づけるからだ。実際、携帯電話普及以前におこなわれた家庭での電話利用に関する調査の多くが、同様に独身層には見られない性差が既婚層で存在することを報告している。
 それらによれば、家庭での電話利用はそれぞれの対人ネットワークの違いが反映される。独身層では男女とも「ただの友人」を中心としたネットワークを形成しており、差は見られない。しかし、結婚した場合には「妻」が親族とのつきあいを、子供が産まれた場合には「母」が近隣や子供を通じた交友関係を維持・管理するために電話を利用する傾向がある。その一方、「夫」や「父」は仕事関連のつきあいが中心となり、親族・近隣などとのつきあいでは補助的な立場におかれる。今回の調査で独身層/既婚男性/既婚女性で携帯電話の使い方に差が見られたことの原因として、このようなライフステージによるネットワークの違いが考えられるのである。
 では、既婚層において携帯電話を駆使し、つきあう相手を自分の都合にあわせて選択するといった行為はおこなわれていたのか。
 少なくとも既婚層では番通選択を積極的におこなう傾向はみられなかった。しかし、それはそもそも既婚者は携帯電話の番号をある程度限られた人にしか教えていないため、選択する必要がない、あるいは選択できないからであろう。独身層が番号は誰にでも開示し、かかってきたところで選択するのに対して、既婚層は携帯電話の番号を教えるかどうかの段階で、すでに「選択」している。携帯電話を仕事目的にも使う既婚男性に対して、プライベートでしか携帯電話を使わない傾向の強い既婚女性にとりわけこのようなスタイルが見られた。
 もちろん、既婚層は有線の電話の延長上で携帯電話をとらえがちであるため、「かかってきた電話は出なければいけない」と反射的に出てしまうのかもしれない。あるいは、発信者番号表示の存在を知らない人が既婚層には20%弱いることを考えると、独身層と比べると年齢の高い既婚層のメディアリテラシーに原因があるのかもしれない。しかし、既婚層もメディアを通じた独自の「選択」方法を生み出している。初対面の相手には「自宅の電話番号は教える。けれども携帯は教えない。」独身者とは正反対のスタイルだ。

3.今後の課題
 では、次に興味をひかれるのは、現状では独身層の携帯電話利用スタイルである番通選択が、既婚層にも広がるのか、あるいは現在番通選択をおこなっている独身者も結婚するとしなくなるのか、それとも番通選択し続けるのか。逆に、既婚層に多く見られる「番号を教えるところでの相手の選択」が独身層に広まるのか。会社支給の携帯と個人契約の携帯を持つ人がすでにいるが、誰にでも番号教えるパーソナルフォンと限られた人にしか教えないプライベートフォンの二刀流が広がることも考えられる
 もし、番通選択が携帯電話という「新しい」メディアに長けた若者の利用スタイルであるなら、その若者は年齢を重ねても同じ利用スタイルと継続すると考えられる。しかし、独身というライフステージにおける対人ネットワークの維持・管理において、番通選択という利用スタイルが採用されているだけであるならば、現在番通選択をしている独身層(多くが若者)は、番通選択から「番号を教えるところでの相手の選択」をするようになったり、あるいは有線電話の「代用」としてのみ携帯電話を利用するようになったりする可能性がある。
 というのも、先に述べたように、家庭の電話利用に関しては独身者のスタイル(通話相手は友人中心、時間は長い)は結婚によって男女別々のスタイルへと分化する傾向がみられるからだ。もちろん、ライフステージとも密接に関連する家庭という場に据え置かれている以上、そのような変化は当然のことであったろう。しかし、個人に携帯される携帯電話の場合、どうなるであろうか。ワイヤレスからは目が離せない。

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