一月の夢酔

『高度情報化社会は、オタク系人間と、表面的知識だけを広く持つア・カルイ系に二局分化する』
−鹿野司『オールザットウルトラ科学』より


謹賀新年(2002/1/1)
素直に年始挨拶するのも、無視するのも芸がないので、正月まめ知識で場を濁そう。鏡餅はなぜ丸いのか。食用の餅は、関東では角餅で、西日本では丸餅だったりするが、鏡餅は全国共通で丸い。

元来、餅という物は、霊魂を象ったものであると言われており、それを食べることで自らの魂を再活性化させようとする。いわば、鎮魂と俗称あされる「おおみたままふり」の簡略版である。「おおみたまふり」は神の強大な魂に触れることで、自分の魂を広大するもの。この場合の神は、年神となった祖先神であろう。盆と正月、並び称されるのは、この二つは祖先神が帰ってくる時期だからです。

鏡開きと呼びならし、鏡餅を刃物で切ることを忌み嫌ったのは、魂の緒を切ってしまわないように。と言うことなのかも知れません。水木しげる先生をはじめ、殆どの人が魂を描くときは、色は白で、餅を伸ばしたような形にするのも必然なのでしょう。


箱根駅伝(2002/1/3)
定番となった外国人選手なんだけど、彼らはどうやってきているのだろう。たまたま来ていた留学生が、折良く高い資質をもっている人ばかりとは考えられない。やはり、スカウトマンが世界中を飛び回っているのだろうか。

選手には罪はないのだが、どうもそう言うのって嫌いなんだ。まぁスカウトマンが飛び回っているならだけどね。甲子園とかもそうだけど、この手の学生大会での優勝の栄誉は選手個人やチームの物で、学校や地域のモノではない、と思うのだけど。

日本はすぐに国家の威信とか、学校の代表とか、そう言うの被せたがるけど、それらは、あまりプラス方向のプレッシャーにはなりにくいモノだと思うのだ。まぁ、私が精神的に脆弱なのかも知れないけれど。


正義(2002/1/6)
まぁ、なんというか、未だに「普遍的真理としての正義」を信じている人がいてビックリする。そもそも、正義なんて言う者は戦争の勝者の賞品の一つでしかない。勝者が、敗者に押しつける一方的な真実なのだ。勝てば官軍ってヤツですね。

歴史を紐解いてみても、いや、歴史そのものが、勝者によって書きつづられたものでしかなく、事の発端がどうアレ、敗者は常に悪にさせられてきたのです。そもそもにおいて、正義とは一方的な視点でしかなく、誰もが自分の視点から見れば正義でも、他者の視点から見れば悪なのです。

正義なんてモノは、勝者の自己弁護でしかなく、自己正当化の手段でしかありません。正義と言う言葉に、矛盾など存在しません。ただ、対立があるだけなのです。そして、その対立に勝利した方が、正義となるのです。

ただし、道に殉じることは悪ではありません。が、善でもありません。その方法や手段も評価対象となるべきです。しかも、その評価も、時代や歴史の流れで流転する脆弱な基盤の上に成り立っています。一見、正義とは不変にして普遍。と思われがちですが、ただの相対評価でしかありません。アフガン侵攻もアメリカの正義でしかありません。

MT12で、コンセプトワーカーが寝ぼけたこと言っていたので、ちと反論。「正義とは何か」これは延々と語られた難題。なんて、とぼけた事言っているし。私に言わせれば、正義なんて「寝言」でしかない。勝者から敗者への価値観の押しつけだな。


政治屋(2002/1/8)
知人との話の中で、田中外務大臣を下ろさないか。と言う話になり、興味深い事を言っていたので、著述。田中大臣は、打たれ強く、面の皮も厚く、マスコミ馴れしており、国民の人気だけは高い。つまり、ワザと矢面に立たせて、マスコミや世間の目をそこに集中させているのである。と言うもの。その間に、他の部署が仕事を進めるのだ。

確かに、田中大臣なら、そうそう落ちる訳はないし、あの面の皮なら、耐えしのげるだろう。その証拠に、狂牛病で顔を見せた二人の大臣の打たれ弱そうなこと。おろおろ、おたおたみっともなかった。

さすが策士、政治屋小泉純一郎。侮りがたし。あ、小泉は政治家では無くて、政治屋ですよ。理念よりも実益を取る。野中さんと同じ穴の狢。ただ、野中さんは「俺は憎まれ役。汚れ仕事やります」と言う政治屋で、小泉は「にこやかな笑みを浮かべた陰謀家」の政治屋。

YKKと言われながら、一人巨大派閥森派の中で、耐え難きを耐え、忍び難きを忍んでいたわけだし。最後の政治家の血脈加藤氏を踏み台にしたわけだから。加藤さんは、純粋すぎたね。でも、あの人が立たなければ、自民党は終わっていただろう。純粋すぎた故に殉教者となったわけだ。

まぁ、政治屋ですらない、ただの国会のおじさん(鈴木宗男とか)が増えた今、野中さんも小泉さんも貴重な人材ですわ。政治屋は、最悪、状態を悪化させはしないから、崇高な理想と意志を持つ政治家が絶滅した今、政治屋だけがたより。二世のぼんくら議員より、数倍マシ。悪党でもなんでも、政治屋は国を思っている。ぼんくらは私欲に走るのみ。

ちなみに、田中真紀子の台湾問題での失言は、森前総理の「拉致疑惑、第三国で見つかったことにしよう」発言と同等の大失態である。あのおばはんは、田中角栄のイメージを守ることしか、脳に無いらしい。


とっしょり(2002/1/9)
最近、年を取ったせいか、3、4つの事案を並行処理出来なくなってきた。昔、と言うか、サイトを始めた頃は、この記事考えながら、別の記事考えたり、メールの文考えたり、テレビ見ながら原稿書いたり出来ていたのだが、最近、どちらか一つしか出来なくなってきた…ヤバ目?。一つやると、疲れちゃうんだよねぇ…つーか、一つ思い出すと、なにか一つ忘れてるのな…って、コレが健忘症?。


(2002/1/11)
再び、伸ばそうかと思ったのだが、やっぱり剃ってしまった。髭というと、なんだか放っておけば延びるので、延ばしている人は、不精なんじゃ無いかと思っている人もいるだろうけど、実は結構、手入れが大変で、まめな人でないと無理だ。

私は、4〜5o程度、延ばしていたことがあるのだが、やはり体毛なので、伸び率が一本、一本異なる。やたら長い奴が、ぽつぽつ出てくる。それをととえなくてはならない。また、口ひげ、特に口の端辺りが延びてくると、口に入ってくる。髭と一緒に飯を食っているようで、とても不味い。それを避けるために、ハサミで毎日ととえなくてはならないのだ。

本当に手間なんだわ。豊かに蓄えている人を見ると、大変なんだぁ。と思う。私は、口ひげの整えに失敗してしまい(切りすぎたの)で、口ひげを剃ってあごヒゲだけにしたら、意外なほど似合っていたので、気に入った。が、口ひげと、あごヒゲの境目の調整に失敗。全部剃ってしまったというわけさ。

やっぱりヒゲを剃ると、10歳ぐらい印象が違う。日本人が若い。と言われるのは、ヒゲが無いからかなぁ。世界的にヒゲのあるなしが、成人男子の証明にしている文化は多い。日本で、ヒゲが重視されないのは、やっぱ、日本人は体毛薄いからなんだろうねぇ…


戦後のカラー映像(2002/1/12)
第二次大戦終了直後、爆撃の成果を確認するために、取っていたらしいが、いつしか日本を理解するための記録映像になっていったらしい。んで、撮影していると、日本人は恐れることなく、カメラに笑顔を向け、撮影班のアメリカ人にも微笑みかけて、アメリカ人スタッフも、驚いたそうだ。

この辺が、日本的な良さ、おおらかさがプラス方向に働いた結果だろう。普通、敗戦国に、勝った国の人間が乗り込んだら、投石とか、敵意をむけて当然なのだが。もちろん、そう言うことをした人たちもいると思う。と言うか、そっちが普通。

東南アジアや、中国、韓国が日本出兵に脅えるごとく、アメリカの安易な武力行使に日本はもっと脅えて良いような気もする。が、そんなことを許してしまえるのも、日本的な寛容の精神で日本の良いところだろう。節操ナシとも言えるが。

のんきで、おおらか、来るモノは拒まない。マイナスに働くと、全てを先送りにして、決議を避け、責任を押しつけ合う。って、現代はマイナスばっかり出ているのか?。


建築家秀吉(2002/1/13)
今日の「知ってるつもり」の内容なんだけど、別に秀吉が図面ひいたわけでは無いと思うので、建築家と呼ぶには、語弊があると思う。

提出された設計図や、建設予定の構想が、当時の常識からすると突拍子もない様な話でも、それが優れている案だと見抜いた見識を褒めるべきであろう。と思う。最後まで、見てないので何とも言えないけどさ。見ても、うわべなぞるダケだけだから、つまらないし「知ってるつもり」

そんな事だから、ドイツのアウトバーンを構想したのは、ヒトラーではない。とか言う話になるのだよ。じゃあ、他の政治家だったら、アウトバーンの構想を認可するか。しないだろうねぇ。普通の人は、自分の知識が及ばないことは、最初から拒絶するし。だからこそ、戦車を拒絶してしまって、開戦当初惨敗した訳だし。積極採用したのソ連とドイツ帝国なのよ。スターリンも、ヒトラーも、軍人経験者だけど、下士官止まりで職業軍人ではない。と言うのも面白い。

ヒトラーの話もまとめたいなぁ…ローマ帝国の暴君ネロも、死後ずいぶんしてから実像が理解され始めたし。未だに、暴君として取り上げているテレビ番組もあってちと情け無いよ。やはり、基本的にその後権力を握った連中が、自分が権力を奪ったことを正当化するために、悪逆非道を有ること無いこと、言いふらすのです。情報を、鵜呑みにしてはイカンよ、諸君。


回転(2002/1/15)
なんだか、今月中に1000カウント達成しそうな勢い。2001/10月には、116ぐらいだったのにねぇ。半年(厳密には七ヶ月)で、924ヒット。基本的に検索エンジンのみ。としても、少ないわな。

しかし、よく半年も続いたねぇ…でも、フリーシナリオ未完のまま、放置しているし、野宿ツーリングネタも放置しているし、歴史・オカルトネタも半端なままだし…つか、ジャンルに節操ねぇな俺。

でもまぁ、一つのサイトとして成立するような内容を複数扱って、取りまとめているからねぇ…その分、内容が薄いし、脆弱なわけだけど。

私の視点の売りは、並列比較(例えば、月神崇拝だと、日本とバビロニアで比較できたり)が出来るところなので、視点を広げてから、他の一点集中サイトで、一つのネタを深く掘り下げてみたり、専門分野を持っている人は、多角的な視点のきっかけにしてもらえると嬉しいかなぁ。多元的視点と言うのは、売りにして良いんだと、最近気がついた(笑)。

ココは何系サイトになるんだろうねぇ…日記でも無いし…画像が無いから、一応、テキスト系サイトになるのか?。いや、でも夢酔はオマケだし…まぁ、枠にはまらないと言うことで。おかげで、ヤフーの検索エンジンに申請すら出来ないのだけど(笑)。ジャンルが絞れないのだわ。


聞く(2002/1/16)
番町皿屋敷の悲劇のヒロインも、真景累ヶ淵で霊に取り憑かれる少女も、菊と言う少女(女性)である。コレは、「菊」はその音から「聞く」に通じることから、霊媒体質の女性を暗喩しているらしい。怪談話を紐解けば、必ず菊と言う少女は、どんな役柄にせよ、存在している。また、本名は別にあるのに、霊媒体質であるが故に、あだ名が「お菊」となった人も、戦前、戦中には相当数いたようだ。

って時に、不意に鳩尾が重くなったなり悪寒を感じたときは、霊がそばにいて、触れたから。と言う説があるのだが、コレ書いてるときに、不意に鳩尾が重くなって、肩が重くなったんですけど?。しかも、かなり嫌な(悪意ある)重さと悪寒。いや、マジで。今から小周天で、内氣を高めてから、破邪法やりまーす。

って、二十歳超えたら、この手の能力無くなるんじゃないのかよぉ。とは言え、二十代半ば過ぎた辺りから、明らかに弱くはなっているけどね。トップページに置くには、ちょっと躊躇するな…これ。


地震(2002/1/17)
阪神淡路大地震から、7年。ずいぶん、時間が経ったものだ。私も当時大学生で、大阪は藤井寺市(大阪近鉄バッファローズの旧本拠地)に住んでおりました。未だに、憶えているのは、AM3時ぐらいに寝入ったはずなのに、地震の二分前に目覚めてしまった事かなぁ。

時計がなかったので、テレビを付けたら、5時45分ぐらいでね。なんで目が覚めたのか分からなくて、二度寝しようとしたら、ぐらっと来たわけ。揺れが納まっても、しばらくは夜景を映し続けていたっけ。「震度三ぐらいで騒ぐなよ〜」とか考えていた。後で考えてみたら、ぼんやりと明るい箇所がいくつかあって、火事だったんだろう。とか、大阪南部(藤井寺はもろに震度3ぐらいだった)は、被害ほとんど無かったけど、神戸の方があんなになっているとは思いもしなかったよ。

姫路や明石に、すんでる知人もいたけど、当人を含め、その家族にも死者が出なかったのは幸運だった。私はと言えば、レポートの締め切り最終日だったので、提出に行ったら、職員がいて、受け取ってくれたりとかしていたので、被害の実情を知ったのは夜だったな。

そんな不届きのせいか、広島に戻ってからも、鳥取西部地震。芸予地震と、たて続けて震源地の震度6クラスを三発体験。加えて、誕生日が9/1。関東大震災の日で、防災記念日。乙女座だから、エレメントは地。地震に魅入られてますか、私。


半減期(2002/1/18)
私は、八ヶ月とか、その位の周期で、感覚異常が訪れる。自分の身体の感覚までおかしくなるので、自分の身体の幅の感覚さえ把握できておらず、電柱に肩をぶつけたり、室内に入ろうとして、自分で開けたドアにぶつかったりと、感覚器官に微妙な誤差が出るのですわ。当然、自分では当たる気は無いのですが。

何がきっかけで、来るのかも分からないし、何がきっかけで終わるのかも分かりません。短いと一週間、長いと二ヶ月ぐらい続く。この期間は、実にバイクに乗るのが怖い。脳内で設定される、ライン取りが明らかにオーバーランしていて、民家に続いているに「あ〜スピード出過ぎ」とか、のんきに考えていたり。…って、普通の人は、道にラインが浮かんで来ないモノなのかなぁ?。

事案が3、4つを並列処理できないと言うのも、半減期だからかなぁ。と言うわけで、ちと頓珍漢な事、言ったり書いたりするかもしれませんし、更新が遅れるかも知れません。とは、いえ今回のは短かったみたいで、もう半減期は終わった感じです。


コレマジ?(2002/1/19)
制作局を調べるのも面倒なほど、駄作と言うか、悪事番組だ。特命リサーチ、奇跡体験アンビバボー等、調査系企画をパクって作った番組。爆笑問題が司会やって、ゲスト一人を呼ぶという、チープなもの。当然、調査費用もチープらしく、調査不足も甚だしい。つーか、一目で嘘って分かるネタをやる。勘弁して欲しい。

いつだったが、韓国の気功使い。と言う人を訪ねていたが、トリックとも言えないようなお粗末な芸を披露してくれた。石の板の上に豆腐を乗せて、更に木の板をのせ、その木の板の上から一撃を加えて、豆腐を砕かずに、石の板を割る。と言うのだが、明らかに、木の板と石の板の間に、左手を挟み込んでおいてから、正拳を入れているのである。だから、石の板も、拳圧が加わったはずの中央部ではなく、演武者の左手方向に(つまり、左手の在るところが割れている)よって割れているし、豆腐も左側が砕けている。

本日分も、巨大タコの捕獲で、ダイバーが巨大タコに襲われ、命からがら逃げ出した。と言っていたが、タコでも、何でも、人間と同サイズの野生生物が本気で襲いかかってきたら、人間に勝ち目はない。

そもそも、タコの視覚はほとんど無い…ハズ。そのため、主たる感覚器官は触腕でまかなっている…ハズ。加えてタコは、好奇心旺盛な動物なので、変わったものがあると、触椀でペタペタと触って確かめるのである。映像でもそうだった。本気で捕食に来ているのなら、からめ取り、口の部分へ押しつけているはずだ。解説していた元教授も、引きつりながら、呆れながら「タコも肉食だからまぁ凶暴」と言っていた。

劣悪番組というか、謝った知識で、民衆を煽動している悪徳番組と言えよう。さたっパチも同系列の嘘番組。「コレマジ」よりは、遙かにマシだけども。後発番組なら、そのアドバンテージを活かして、まっとうな調査をして欲しいものだわ。インパクトだけ追求して、安く簡単に、禁じ手使ってでも。と言う姿勢はいただけない。翻案や本歌取りと言った、再構築ではなく、単なる劣悪なコピーでしかない。

これほどまでに、志のない視聴率だけを望む日本のテレビに未来はあるのか。ねぇな。視聴者も求めてないし。


アメリ(2002/1/21)
フランス映画らしい。要は、女性が大好きな「身近にある幸せを見つけることが、日々を幸せに生きるコツ」的な映画だと思う。吾足を知るって事だね。まぁ、内容はどうでも良く、この手のテーマは必ずサイクルで訪れるので、そのタイミングだったのだろう。

問題は、服装、髪型までヒロインのアメリの真似しちゃった人。そら、変身願望を満たしただけ。結局、自分が嫌いな自分をうっちゃっておいて、他者になりきることで誤魔化しているだけ。外見じゃない、魂を変えるんだよ。アメリのように生きると決めたなら、外見なんかどうだって良いじゃないか。いや、むしろ自分自身でいるべきだ。

なんでこう、日本人ってのは、うわべ(外見)だけ真似て、気分に浸ろうとするかな。別に形から入るのを悪いとは言わないけど。

これは、芸能人の服装を真似る女子高生にも言える。外見を似せ、化粧や服装、同じ小物を持ったところで、自分の上に薄皮一枚の外殻を張り付けたに過ぎない。服装で意識が変わることもあるし、気分が変わることもある。だからといって、粗悪なコピーになったところで、意味はない。自分らしさ、なりたい自分は自分自身でありたい。真似をすることは悪い事じゃない。模倣から、一歩先へ。コピーがオリジナルを超えることはない。超えてしまえば、オリジナルだから。

とは言え、未だに自分自身が大嫌いな私が言っても、なんの説得力もありゃしないけども。


14年(2002/1/23)
新潟の少女誘拐監禁事件の判決。懲役14年。やっぱり、短いよなぁ。監禁日数の10倍の92年ぐらいの刑にして欲しいものだ。日本の刑も累計加算なのかな?。誘拐で10年、監禁で10年、とか罪状それぞれの刑罰を決めて、全部合計すんの。やってたら、欧米みたいに、懲役300年とか出てると思うので、やってないのだろう。

誰もが言うことだけど、今の刑罰は、人生五十年の時代に作られたものだからなぁ。単純に倍にしても良いんじゃないかと思うぐらいだ。

宇宙の戦士を読み返したばかりだから、ハインラインの言葉が身にしみる。「残酷で異常な刑罰に反対する理由が理解できない。(中略)刑罰というものは必ず異常なものでなければならない」

罰は常に苦痛を伴い、異常で、残虐で嫌悪されるものでなくてはならない。でなければ、抑止力とならないし、罪を犯した者も、なんら苦痛を伴わないなら、なんら学習することがないのだから。

ハインラインはこうも言っている「我々の生存が何物かによって脅かされたとき、その苦痛という警告によって、我々を保護するものなのだ」。確かに、子供の頃は怪我をし、痛い思いをして、何が危険かを学んでいく。小さな傷を負うことで、大きな怪我をせずにすむ。どんな生物にも共通した防御法だ。

つまりは、刑罰は、重く苦痛を伴うものでなくてはならない。と言うことだ。加えて、裁判での刑罰というねのは、公的機関による代理の敵討ちである。と思う。つまり、遺族も納得するような、痛みを犯人に与えなくては、刑罰の意味がない。そう言った意味でも、刑罰というものは、常に残虐で異常なものでなくてはならないと思う。


トムとジェリー(2002/1/24)
カートゥーンネットワークで放送中なんだけど、TV版とは声優が違うし、二話目のドルーピーなんかの話もない。あと、ナレーションもない。至極つまらん。やっぱり、声優さんはTV版を最初に見たせいか、イメージに合う。特に、トムの声の人は、ちょっと意地悪そうなんだけど、どこか憎めない優しさのある声で、あの人以外がトムをやるとダメなんだ。ってくらい。

脚本も、カートゥーン版はぬるい。アメリカ本放送を準拠しているのだろうけど、面白くない。脚本なのか、アドリブなのか分からないけど、TV版の方が、日本人にあったアレンジとなっている。トムが飼い主の娘のままごと相手にされ、赤ん坊をやらされている回で、悪友たちが赤ん坊のトムを金魚鉢に投げ込むのだが、悪友のセリフがカートゥーン版では「金魚鉢に落ちちゃった」、TV版では「おしめばっちいばっちいになっちゃった」。

おしめを止める安全ピンをトムのお尻に刺してしまったときも、カートゥーン版は無言で抜いて、ひん曲がった安全ピンを捨てるのだが、TV版ではひん曲がった安全ピンを見て「固いお尻だねぇ」の一言が入る。昔の方がセンスがいいってどういう事よ?。

とは言え、カートゥーン版を好きな人にとっては、TV放送版は煩すぎるかも知れない。でも、「こんちこれまた、おいかけっこのトムとジェリー。あれあれ、でも今日は様子が違うみたいですよ」と言うナレーションに始まり「ジェリーさん、あんた本当はトムさんが居なくて寂しいんでしょ?」とか、適宜ツッコミが入る。その入れ方もセリフも、ナレーションの声も実に良かったのだ。

全話ビデオ取りしていたのだが、馬鹿兄貴が、取り溜めしたテープを見たまま放置。気が付かず、つーか、留守ロクしていたので、気が付きようがなかった。重ね撮り…一番好きな、スプーン一つで脱獄するスパイクの話が途中になっちまった。とほほほ


今になってみると(2002/1/26)
トムとジェリーって、明らかにジェリーの方が悪いよなぁ。意味もなく追いかけている場合もあるけど、普通に生活しているトムにちょっかいを出すのは、ほとんどの場合ジェリーだったりする。まぁ、トムの狭量さにも原因はあるけど。

てなワケで、スキャナー買いました。狙っていたNECのU650(5980円)は、当然のごとくなくなっていた(そら、昨年末の話だしな)。ので、キヤノンのN656U(7980円)を大購入。いきなりはっぴーベルも購入。魔人学園外法帖の初回特典版もあったのだけど、9800円は高いわ。初回ブックレットも、多分、攻略本とかで再録されると思うので、パス。

しかし、スキャナー購入したと言うことは…言い逃れできていたフェイタルエラーのマップを考えなくてはならないと言うことか…うう。マップ考えるの苦手なんだよぉ…マップとイベント考えなきゃ…イベントネタはあるけど。


パレスチナ問題(2002/2/27)
イスラエル問題とは言わないんだよなぁ…この辺からすでに情報、謀略戦があるなぁ。ま、そんな事はさておき、アメリカで万単位が死傷したテロに比べると、十数人の死傷者で、攻撃ヘリや戦闘機による爆撃をするのは、行き過ぎだ。と思う人がいるかも知れない。

イスラエルと言う国の総人口は、東京都の総人口と大差ないぐらいしかいない。ちと古い資料なので、自信はないが、そうそう変わってはいないだろうと思う。1973年のヨムキプール戦争当時で、イスラエルの戦死者47名。これは人口比で計算すると日本で1880名に相当する。その位人口は少ない。

ユダヤ人は、根本的に賢く、聡明であるのだが、多少、短絡的なところがあると思う。歴史を振り返っても、引き金はいつもユダヤ人だ。あと、少しで話がまとまりそうになると、無名の一市民が暗殺という暴挙に出て、消えかけた火種に油を注ぐ。裏切り者ユダから延々と引き金を引き続けているワケだが…逆に考えれば、そうしたキリスト教のイメージを、上手く利用している人間がいるのかも知れない。


超能力(2002/1/29)
エスパーなんて、呼ばれているアレだが、本来はExtra Sensory Perseptionと言い、訳すなら超感覚的知覚だったりする。受け身能力であり、自身の力を具現化するPK(サイコキネシス、念動力や発火能力)とは、正反対の力だ。

作中では、みな一気に発現する。念力で、巨大な物を投げ飛ばし、人の心を読む。しかし、その根幹能力を考えると、両系統を発現することはまず無いと言っても良い。ESPは受動能力であり、PKは能動能力。制御法も意識のあり方も違う。

カーブとシュート見たいなもので、カーブ主体のピッチャーがシュート憶えるとカーブの曲がりまで悪くなるようなもの。中には、両方を使いこなす人もいるけど。

超能力は、弊害や副作用なく使える、スーパーパワーではない。そもそも、人の心が見えたところで、良いことは何もない。勘違いしたままだから、人間は信頼し、愛情を持つことが出来る。腹の底まで見せあって、人間関係を築き、保てるわけがない。

そもそも、念動力や、読心など派手なモノだけが超能力ではない。高い病気耐性や治癒力、米粒に般若心経を全文書き込めたり、百メートルを9秒代で走れるのも超能力だと思う。そもそも、地球人口で、いわゆるスプーン曲げが出来る人の数より、百メートルを9秒代で走れる人の方が少ない。

通常能力の延長で、超能力じゃない。と言う人もあるかも知れない。スプーン曲げだって、手の延長でしかない。それにどんな鍛錬をつんだところで、資質を持った人間しか、百メートル10秒の壁を超えることは不可能だし。肉体能力に発現したか、精神能力に発現したかに過ぎないと思うわけです。


更迭(2002/1/30)
とうとう田中外務大臣が更迭。常々、田中真紀子は無能と言い続けた私ですが、今回の裁定は納得できないなぁ。せっつかれて、腹決めた感じが…小泉も無能。つーか、自分の在位期間が気になり始めたか?。攻勢主体の人間が、受けに回るとろくな事無いぞ。うーん、小泉も政治屋ですら無かったのか…まぁ、敏感と言えば敏感なんだけど…これ以上放置すると、国会運営が出来なくなるしねぇ…しかし、この決断のタイミングは…間が悪すぎる…さすがYKK。この辺のヘタレぶりは、加藤さんと似ているわ。

しかし、橋本派も、政治技術(人心掌握、組織運営/操作)だけは持っているから、始末悪いよなぁ。

しかしまぁ、田中真紀子も運のない人だ。女性代表という立場だったのが、愛子様ご生誕、緒方貞子さんが丁度良く活躍と、色あせちゃったのな。ま、人気だけではメッキが剥げるのも早いと言うことか。



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