1,ジーンに問う。


「まさか…いや…そんな…ことは…」
「君のその考えは、おそらく正しい。そうバイオドールさ。人工生命体の我々には、人権はおろか、愛護週間もない。切り刻もうと、ミンチにしようと、クレームは来ない。ここにいるAZALEA。彼が、僕らの長兄にして末弟さ。」
ジーンが、塔のオブジェの様な巨大なコンピューターを紹介する。紹介を受けたAZALEAは、挨拶をするように、モニターのいくつかを点滅させた。

「長兄にして末弟とは、どういう意味だ?」
「あまり気持ちのいい話ではないよ。バイオコンピューターってのは、脳神経を回路にする。と言う事はわかるね?。ニューロンのつながり方は、千差万別。しかも、回路に適したニューロンの数は、たかが知れている。となれば、数を集めるためには、どうするか」

たしかに、気持ちのいい話ではなかった。バイオドールの脳をスライスして、脳切片チップを作り、それを集積回路として、作り上げられたコンピューターが、これか。何十人、もしかしたら何百人、何千人というバイオドールが犠牲になったのかもしれない。

「それに、有機物であるが故に、無機物のチップと比べれば寿命は短い。僕は個体として登録された分、幸運だったと言える。パーツ取りに生み出された兄弟たちと比べればね。」

AZALEAが、ジーンを慰めるように点滅する。意志の有無はともかくとして、ジーンの言動に反応できるだけの知能があることだけは疑いようがない。

「AZALEAの性能は抜群だったよ。今度の星一号作戦の草案をたたき出したのも彼だ。今も、情報収集と分析を続けている。ただ、バイオコンピューターと言っても、完全ではない。特に、AZALEAには、善悪の概念がない。柔軟で複雑な思考をもつからこそ、人間と同様に、判断ミスを起こす可能性もある。結局は、最終認可に人間の判断を必要とする。」

ジーンは、初めてケストナー博士の日記を開き、なにかを捜そうとしている。日記に視線を落としたままで、ジーンの講義は続く。

「高度な思考と学習能力は認められたが、このサイズだし、なにより、人工知能に基礎を教え込もうにも、MS戦に関するデータそのものが連邦軍にはなかった。まぁ、対MS戦のデータなどジオンにもなかったろうね。だからこそ、RX78に簡易AIとも言うべき、教育型コンピューターが搭載されたわけだ。」

不意にジーンが顔をあげ、俺を見る。
「教育型コンピューターの成果はめざましかった。MSを見た事もない15歳の少年が、ジオンの正規パイロットを撃墜できるほどの補助ぶりを見せたのだから。戦況を維持するためにも、MSの早期展開が命題だった連邦軍は、ひとまず、パイロット補助コンピューター開発を第一義に据えたわけだ。」

不意に、腕に痛みが走る。アイリーンが、呆然とした顔で、俺の腕を握りつぶさんとばかりに締め上げている。抱き寄せるとアイリーンは震えていた。しかし、視線はジーンを捕らえたままだ。

ジーンは、俺たちを見て、失笑とも、羨望ともとれる笑みをこぼすと、再び、日記に目を落とす。
「パイロット補助コンピューターは、上手く行ったようだ。連邦軍は、戦線の維持どころか、巻き返しが出来ているからね。そして、一部の部隊には、生体脳を使用したバイオコンピューターが搭載された機体を配備し、AIの教育と学習、そしてデータ収集に利用された。」

不意に、DOROSYが静かに目を閉じるように、カメラアイを発光させた様な気がした。

「生体脳を使用することで、手間とコストは削減できたが、大きな欠陥があった。生体脳にデータを入れる事が出来ないと言う事だ。データを送り込んだとしても、人間が本を読むのと同じ事だ。理解できずに流れてしまう事も、知識として知っていても、それを利用できない。」

「本当に修得するためには、人間と同じく、経験し学習するしかない。と言う事か」
俺の問いに、ジーンは視線だけをよこすと、言葉を続けた。

「そう、その通り。AZALEAの完成で、人間は二つの成果を得た。一つは、何年もかけて育成したクローンの脳を、MSというサイボーグボディに移植する様なもの。それが現代科学での無人MSの姿だった。もう一つは、脳科学の爆発的な躍進だ。なにしろ、生きた人間が使い放題だったからね…」

ジーンは、間をおくと、天井を見つめた。天井にもなにかモニターかランプがあるようで、プラネタリウムの様に光が瞬いている。

「この研究は、これで終わるはずだった。基礎科学が発展し、さらに高性能のコンピューターが誕生するまで、休眠するハズだった…だが、一人の男が状況を変えた。世界を変えるモノは、いつも空からやってくる。ミノフスキーも、コロニーも…」

1,ジーンの話しを聞く



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