2,持っていない


「くさ?」
耳慣れない言葉に思わず聞き返す。

「草ってのは、相手国の国民になった忍者の事さ。もちろん、裏切ったワケじゃない。相手の国で生活し、民衆の不満、動向、農作物の収穫具合なんかを逐一報告するのが任務さ。平たく言うとスパイだな。ただ、出世も昇給もない、その地で人生をまっとうする下忍さ。」
ジーンは、小馬鹿にするでもなく、己の知識を自慢するでもなく、ただ、俺の問いに答えた。その瞬時の返答は、コンピューターで検索をかけたような感覚が俺を襲う。

「…クレイマン所長を殺したのは、お前たちか?」
「できれば、そうしたかったけどね。クレイマンを処分したのは、我々ではない。身元が知れた草は、刈るしかないのさ。」

「俺たちの犠牲は…俺たちは、犬死になのか?」

ジーンは、軽く溜め息のような、呼吸をし、ゆっくりと言葉を選びだした。
「一個人としては…そうだろうな。大局的には、なにか意味があるかも知れない。教科書にも、戦史にも、科学技術史にも、載らないだろうが、今日は確実にターニングポイントだった」

体中から、力が抜けていく。バイオドールも、俺たちも、ただの操り人形に過ぎず、誰かのシナリオ通りに動いていたわけだ。
「俺たちは、戦わなくてはならなかったのか?」
「我々は、所詮”人”に過ぎなかった。と言う事さ」

手を差し出すジーンの真意を測りかねていると、やれやれと言った表情で、ジーンは、ケストナー博士の日記を指さす。なぜか近寄る事にためらいを感じた俺は、日記を床に滑らせて、ジーンに渡した。

「この宇宙世紀に、紙に記録するというのは、ある意味最強のプロテクトだよ。さすがはケストナー博士だ。そうは思わないかい?」
ジーンは、なにが楽しいのか、ケタケタ笑いながら言葉を紡ぐ。

「いやいや失礼。あらゆるシステムを検索し、何十というウォールを抜けても、見つからなかったモノが、こんな形で記録されていたかと思うとね…さぁ、講義を始めようか。時間はあまり無いだろうがね」
ジーンは、日記を受け取ると、そのまま小脇に抱えた。

1,ジーンの話しを聞く



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