1,ジーンと語る


「知識を吸収するたびに、この世界の事を調べるたびに、僕は思うんだ。フロイトは偉大だったと」

「フロイト…旧世紀の心理学者のか?」
「ああ、彼は、人間の本能に、タナトスをくわえた。死への願望、たしかに人間はそれを持っている。メメント・モリ、死を想え。人は、死に直面したとき、強烈な生を感じる。その生への渇望が、人間の原動力だ。敵を見つけ、それを乗り越える事で人は革新を果たす。」

ジーンの語気が荒ぐ。自らの演説に酔っているのではなく、心の底に仕舞い込んだ澱みをはき出す苦しみ。

「人類は、敵を失い、荒野をも失った。だから、僕たちは生み出された。人類の敵として。失われた本能を呼び覚ます道具として。だけど、人間は偉大だったよ。ちゃんと、自分たちの中から、敵を生み出した。そう、ニュータイプさ」
舞台の演技派俳優のような動きで、ジーンは天を仰ぐ。ソコには、AZALEAの生み出した人工の星空があった。

「人類の革新?。宇宙というフロンティアに適合した人類?。ちがうね。宇宙という荒野で、野生に戻った人間。それが、ニュータイプさ。人は、その進化の過程で、曖昧な感応力を捨て、言葉を選んだ。ニュータイプの感応力は、野生動物なら、みな持っているものだ。そうだろう?。ガゼルの群れは、一匹が感じた危険を、群れ全体が感じ取る。宇宙という荒野で、人は野生に戻ったのだよ。」

「人はその進化の課程で、不確定な感応力を捨て、言葉を生み出した。失われた能力を取り戻す事が、人の革新なのか?。そんな能力しか持ち合わせていないニュータイプが、人の革新であるわけがない」

一気に、思いの丈をはき出したジーンは、その隙間に、ゆっくりと空気を詰め込み、そしてはき出す。怒気までもはき出したのか、ジーンは今まで通りのシニカルな笑みを浮かべる。

「人は、死にたがっている…いや、戦いたがっている。と言うのが正しいな。その潜在意識が、我々を産み、ニュータイプを生んだ。牙を持たぬモノは、持つモノを恐れる。次世代の人類がどちらのタイプであれ、敵を産み落とし、戦いを始めた事に違いはない。」

「さぞや自分のような超人型の人間を悪魔と呼ぶ事になるのであろう…か。確かに、そうかも知れない」
「なかなかの読書家らしいね、中尉。そう、神も悪魔も相対的なものだ」

「だが、ニュータイプと呼ばれるのに、感応力が必須だというならば…」
「分かっている」
ジーンは、ウンザリだという顔で、俺の言葉を遮った。

「ならば、僕の言葉を否定して見せろ。何年先でも良い、退化でなく進化であったと照明して見せろ。人が分かり合えるというならば…な」

地球上ですら、派閥で争い、宗教で争い、文化で争う人間は、さらに地上と宇宙という、新たな民族紛争をも引き起こした。欲望が人間をここまで押し上げた事は事実だ。欲望が憎しみを呼び、憎しみが人を押し上げてきた。だが、その欲望が、足かせとなっている。人類は、本当に、分かり合えるのだろうか?。ニュータイプとはそこまで便利なのだろうか?。

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