1,女性の身元を確認する


「ジェーン・ラディウスGセクションチーフですね。自分は…」
「ええ、そうです。所長室では失礼しました、中尉。」

機先を制せられ、二の句が継げなくなる。まるで、恋人の実家に初めて来たような感覚だ。何とも言えない沈黙が、辺りに重くのしかかる。

「全て…終わりましたね」
ジェーンは、誰に言う出もなく呟く。それは、アイリーンに語っているようでもあり、俺に問いかけているようでもあり、自分自身に言い聞かせているようでもある。

「アイリーン…いえ、イリスは、ケストナー博士の娘。アイリーンの遺伝子をモデルにしているの。本当のアイリーンは、交通事故で…亡くなった事になっているわ」

「なっている?」
「ええ、正確には行方不明なの。ケストナー博士は、お世辞にも人格者とは言えない人だったわ。バイオドールを平気で切り刻み、実験用のマウス以下に扱っていたわ。そんな人だから、家庭の事なんて…奥さんが病に倒れても、見舞い一つ行かず…奥さんはそのまま他界して…アイリーン…本物のアイリーンは、父親を相当恨んでたわ」

「それで、家出して、行方不明…か?」
「ええ…そんなとこね…シドニー行きのチケットを買ったとこまでは、確認が出来たわ…」

シドニー、アイランドイフィッシュが落着した場所。もはやこの世に存在無い場所。それは、死亡通知にも等しい事実。

「それから、ケストナー博士は、研究に没頭したわ…温和な顔になったのは、ごく最近よ…クルスト博士が来て、記憶を焼き込むことが可能になってから…」
「まってくれ、それじゃ、アイリーンの記憶は…」

「ええ、イリスは、アイリーンのクローンだけど、人格や記憶などは一切、模していないわ。イリスは…そう、いわばケストナー博士の理想の娘像ね…」

「そんな事が…許されるのか…自分の思い通りに家族を作り直すなど…いや、そんなのは家族じゃない…」
「私たちも、ケストナー博士が実行してから気がついたわ。自分たちがとんでもないモノを作った事を…」

政敵を謀殺するだけでなく、自分の傀儡とする事も出来る。なにより、記憶を吸いだし、焼き入れる事も可能ならば、尋問なんて言葉はなくなるだろう…洗脳する事すら容易となる。それだけじゃない、意識のバックアップを取っておけば擬似的な永遠の命となりえる。これがザビ家に渡ったら…いや、連邦高官でも同じ事

「あなたの懸念は痛いほど分かるわ。でも、大丈夫。所長は保身のために全てを語ってはいない。所長は死んだし、書類もデータも消去したし、装置も配線一つ残らないように処分したわ。」

ジェーンは、文字通り蜂蜜のような金髪をかき上げると、自嘲的に笑う。その笑みは、ジーンを彷彿とさせる。ジェーンとジーン。頭の底にあった引っかかりが剥がれていくのが分かった。

彼女がジーンを無視しているのではなく、ただ直視できないのだ。誰だって自分の死に顔は見たくない。

1,ジーンの遺体に覆いを掛ける。



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