2,持っていない。


「それに…俺もバイオドールかも知れないんだ。」
イリスは、顔を上げ、涙で腫らした目を文字通り丸くする。

「君もマーコス少佐の言葉を聞いただろう。マーコス班に、ソーンが配備されたように、俺のいたアレード班にも、配備されてたはずなんだ。そして、この作戦で、ただの人間が生き残る確率なんてゼロに等しい。俺も、いや、俺が最後のドールかも知れないんだ…」

「そんな…あなたは…あなたも人間よ」
ただ泣くだけだったイリスが、今度は俺を抱きしめる。小柄な部類に入るイリスなのに、抱きしめられると誰よりも広く暖かい。二足歩行でも、道具の使用でもない、この温もりを誰かに与える喜びを知る事が、人を人たらしめているのではないだろうか。

「続きは、太陽の下でやって頂戴。こんな地下室じゃ、眩しくて仕方ないわ」
ジェーンの呆れたような、からかうような笑顔。

「こっちに出口があるわ。それからコレを…当座に必要なモノを詰めておいたわ」
質素なボストンバッグを押しつけられる。

「ジェーンは、どうするの?。ジェーンも一緒に…」
「冗談でしょ。毎日、見せつけられたらたまったものではないわ」
さらに食い下がろうとするイリスを抑える。彼女は、ここで死ぬつもりだ。最後のデータ、AZALEAと自分の脳にあるデータを抹消するつもりなのだろう。

「すまない…」
「謝るのはこちらの方よ。ごめんなさいね、とんでもない事に巻き込んでしまって…」

「いや、この件が無ければ、イリスと出会えなかった。感謝している」
「やっぱり、あなた良い人ね…あの子を…イリスをお願いね。」
「ああ、こちらも、ドロシィをよろしく頼む」
「ええ、分かったわ」

しばしの沈黙。
「さぁ、急がないと、無粋な連中が来るわよ」
「ああ、行こう。イリス」
「ジェーン、またね…」
さよならと言えなかったイリスの気持ちが、痛いほど伝わってくる。ジェーンも、こらえかねたのか、振り向くことなくドロシィのコクピットへ乗り込んでいった。

「行こう」
そう言ったイリスの目に迷いはなかった。イリスは、自分の生まれや背景と向き合う覚悟が出来たようだ。俺にも迷いはない…だろうか?。結局、俺は何者なのだろう。俺の記憶は、誰かのシナリオなのだろうか?。

「どうしたの?」
心配そうなイリスの顔。
「いや、大丈夫だ。急ごう」
そう、大丈夫だ。たとえ、この名前と経歴が作られたものだとしても、この想いは…この気持ちは…俺自身のモノだ。この不安は、これから作る思い出で押し流してしまえばいい。

不安を打ち払うと同時に、出口から光が差し込んでくる。
陽光は眩しく、暖かく、そして心地よかった。

1,外へ出る



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