1,ジーンの遺体に覆いを掛ける。
ジーンの顔は安らかだ。妬ましいほどに、安らいだ顔。こうなる事を望んでいたかのようだ。そんなジーンに上着を掛けて覆い隠す。
「ありがとう…やはり、自分の死に顔は見たくないものね…」
「では、やはり…」
「ええ…ジーンは、私の遺伝子を元にしているわ。ヒューは、連邦軍の優秀なパイロットがモデルと聞いてる。アイリーン…いえ、イリスは、ケストナー博士の娘。アイリーンの遺伝子をモデルにしているの。本当のアイリーンは、交通事故で…」
答えも、言葉も見つからず、ただ立ちつくすしかなかった。ジェーンは、未だに泣きやまぬアイリーン…いや、イリスを抱きしめたまま、視線すら俺に向けようとしない。
「博士は、この子…理想の娘を手に入れてから、変わったわ。それまで指折り数えて待っていたジェネラルオーガニックとのトライアルに、反対し始めたのよ。あまりの変わり身に、失笑を買ったほど。私も呆れたわ」
ジェーン・ラディウスの視線が、冷たく鋭いものに変わる。
「今回の本当の首謀者は、ケストナー博士かもしれない。あれほど嫌がっていたトライアルを、再び受け入れたのだから…博士の目論見が成功したのか、どうか、私には分からないけど…一つだけはっきりしているのは…全て終わった…と言うことだけ」
ジェーンは、誰に言う出もなく呟く。それは、アイリーンに語っているようでもあり、俺に問いかけているようでもあり、自分自身に言い聞かせているようでもある。
「さぁ、イリス。言わなくちゃいけない事があるでしょう」
母親が諭すような声と、親友が告白するのを見守る顔で、ジェーンがアイリーンを促す。
「自信を持ちなさいとは言えないけれど…イリス、あなたは生まれたときから、あなただったの。誰のコピーでもなく、あなた自身だったのよ。さぁ、イリス。今、言わなくちゃいけない事があるでしょう」
アイリーンは、深く息を吸い、覚悟を決めて、語り出した。
「私…アイリーンの代わりでよかったの…アイリーンのフリをしていれば、人間になれたから…でも、あなたには…あなただけには、私自身を見て欲しかったの…バカよね、私…アイリーンに嫉妬していたのよ…ごめんなさい。もっと速く言いたかったのだけど…私がアイリーンでないと知ったら…私がドールだと知ったら…あなたは…そう考えると怖くて…」
一気にまくしたて、全てをはき出すと、アイリーンは崩れ落ちた。うなだれるアイリーン…いや、イリスを見て思う。彼女もまた猜疑心を組み込まれた一人だったのだ。
「確かに、バカだよ…俺は、アイリーンの事なんて、なにも知らないんだぜ…」
手を差し伸べる。俺のかけがえ無い人に…
「俺は、君の事しか知らない。君の名が、何であっても関係ない。俺が見ているのは、君だけだよ」
駆け寄るイリスを抱き留める。小さく、か細いイリスの腕が、ときに誰よりも大きく温かい事を俺は知っている。この小さな手に、幾たびすくい上げられた事だろうか。
1,アイリーンの手をとる。
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