1、ジェーンを見る。


「ちょっといじめすぎた見たいね。ごめんなさい。そう、その子の開発コードはブライアン。名前は、ラーナよ」

今度は、俺が目を丸くする番だ。脳味噌を直接、ハンマーで潰され、脳漿が眼球を押し出したのでは無いかと思うほど、今の俺は、目を見開いているだろう。あのラーナが?。ラーナがドール?。確かに、優秀すぎる人材だったし、大人しいと言うのも、言い換えれば感情の起伏が小さいとも言える…だけど。

「ヒューが、戦闘タイプなら、ラーナは、ジーンと同じ、情報戦タイプよ。ジーンのデータから、情報戦には思考、精神構造ともに、女性の方が適正が高いと分かってね。だから、あなたは間違いなく人間よ」

自分が人間であって嬉しい。と言う感情よりも、ラーナがドールであったと言う事実の方が痛かった。なぜ痛む?。ラーナが、バイオドールと言う事を黙っていたから、騙されたとでも?。

「ラーナは、この作戦の全貌を知っていたのか?」
「さあ、どうかしらね。ラーナは、ヒューの予備だったの。ヒューに問題がない事が分かって、実践データを取るために、軍に参加させた。って聞いてる。だから、概要は知ってても、全貌は知らなかったでしょうね。」

混乱しているとは言え、我ながら愚かしい質問だ。知らなかったら罪が軽減されるとでも言うのか。いや、そもそも、ラーナの罪とはなんだ?。ラーナに罪など無い。あるとすれば、俺に、だ。彼女は、ただ生まれが少し変わっていただけ。それを責めようとした俺にこそ、罪がある。

人は未知なるモノを恐れる。それこそが、民族対立の、いやすべての対立の根底にあるものではないか。

未知、自分が知らないもの、理解できないもの、自分と異なるモノ。かつて漂着した外国人、社会体勢から遊離した者を、悪魔や妖怪、鬼と蔑称した。かつて、山中に住む人間を、鬼、天狗と称し、地球から離れたスペースコロニーで生活する人間を、宇宙人とさげすむアースノイド。

人は、何も変わってない。理解しようとも、分かり合おうともせず、ただ拒絶する。ジーン、君の言うとおり、人は新たな段階に踏み出せるほど成長などしていない。かつて無い荒野を前に、野生に戻っただけの獣だ。ただ少し、自分たちと異なるからと、群れから追放する獣だ。

ジオンが戦争を始めたんじゃない。連邦が、ジオンに戦争を始めるように仕向けた。連邦政府ではない、連邦市民、一人一人の意識が、スペースノイドに憎しみを植え付け、スペースノイドとアースノイドの憎しみの応酬が、ザビ家という怪物を育て上げた。たしかに、人は、戦いを、戦争をもとめているのかも知れない。

「人は…俺は…なんと愚かなのか…」

「あなただけじゃない。みんなそう…みんなそうよ…私だって、父さんだって、そう」
さっきまで、ジェーンに抱き留められていたイリスが、今は俺を抱き留めている。あれほど小さく見えたイリスが、今はとても大きく見える。この染み込むような温もりに幾たび救われただろうか。

「みんな臆病で、弱虫で、独りよがり。そのくせ一人では生きていけない。弱い生き物よ。人は自分の身を守るために、自分の欲望を満たすために、平気で他人を犠牲にする。踏みつけた人の数を誇る人だっている。」

イリスの語り口調は、悪夢にうなされた子供をあやすかのようで、俺の不安や恐怖心を見抜かれたような気さえする。もしかすると本当に伝わっているのかも知れない。母親が、赤ん坊の不安を感じ取るように。

「でもね、自分の身を犠牲にしても、大切な人を守るのも、人間の本心だとおもうの。敵意を…憎しみだけを感じ取るだけじゃない。不安や、悲しみを感じ取り、それを癒す事も出来る。喜びを分かち合う事も出来る。私はニュータイプじゃないけれど、宇宙という過酷な空間で、誰かの温もりを感じ取りたかったのだとおもうの。でも、戦争だから、そこには憎しみしか漂ってなかった…私も、あなたと出会わなかったら、憎しみと怒りしか感じなかったと思う」

そうだ。俺も、イリスと出会わなかったら、疑惑と恐怖心で、自滅していただろう。メカドールのマルスのように。人の内にある悪意に負けてはいけない。人の中に、この温もりがある限り、可能性は消えない。

「彼女も言ってたわ、憎しみと血の紅に染まった宇宙(そら)を、優しい蒼に変える事が出来たら…きっと分かり合えるって…」
イリスは、何かを振り払うように、目を閉じる。そして再び目を開いたときには、毅然とした決意が宿っていた。

「私、あなたが好きです」
突然の、そして脈絡のない流れでの告白に、頭の中が白い闇に包まれる。

「私は、人ですらない。私の記憶も、経験も、作られたものだけど…この想いは、間違いなく私のモノ。だから、きちんと伝えたかったの…ごめんなさい…」

1,イリスの気持ちに答える
2,どうして良いか分からない。



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