1,アイリーンをドロシィに乗せる。


もはや、ここは安全な研究所ではなく、トラップの張り巡らされた戦場だ。女性職員がのこのこと歩いていられる場所ではない。MSに乗っていれば、少なくとも対人トラップは無視できる。もちろん、MSに乗っているからこその危険もあるが、天秤に掛ければ、MSに乗っている方が安全だろう。

なによりも、俺の知らないところで、アイリーン・ケストナーが、死傷してしまったら、その後悔は一生ついて回るだろう。軍人である前に、俺は人でありたい。

「行こう」
迷うことなく、手を差し出す。アイリーンは、少し驚いた様子だったが、差し出した手を受け入れてくれた。その指には指輪が輝いている。簡素ななんの飾りも彫刻もない金属のリング。既婚者だったのか?。

「ああ、コレ。昨日父さんがくれたの。ケストナー家に代々伝わるお守りなんだって。」
「それにしては、新しそうだけど?」
「指輪は新品よ・・・たぶんね。代々伝わっているのは、父から娘に指輪を贈る習慣。父さん・・・風習とか、全く頓着しなかったのに、この指輪だけは最後まで気にしてたわ・・・」

「でも、その指につけるのも、風習なの?」
父親の死のシーンを、アイリーンの脳裏から、なんとか追い出してやろうと、口を開いたらコレだ。しまったとは思ったが、効果はあったようだ。
「あはは、結婚してると思った?。薬指にしか入らないんだもん。右手にすると、ペンを持つときに邪魔だから、仕方なく左手にしてるだけなのよ」
押し寄せる安堵感は、いったい何なんだろう?。答えは分かっているが、認めたくない。会ってまだ数分しか経っていないと言うのに。

二人でドロシィの手に乗り移り、コクピットまで上昇する。
「もし良かったら、ドックタグの予備のチェーンがあるから、ペンダントにする?」
「いいの?、助かるわ。私、指輪って苦手なのよね、ホントは」
手渡したチェーンに指輪を通し、リングはペンダントヘッドに変わった。
「それにほら、この指輪、内側に切り込みがあって、付けてると痛いのよね」
確かに、四カ所に切り込みがある。キッチリと削り取られた段差は、それが故意に付け割れたものだという事が分かる。
「もしかしたら、元々指輪じゃなくて、指輪型のペンダントトップなのかもね」

アイリーンは、形見となった指輪から話題をそらすように、話を変える。
「MSって一人乗りなんでしょう?。」
興味深そうに、コクピットをのぞき込み、少し、はにかんだような笑顔でアイリーンが訪ねてくる。
「普通はね。でも、コイツは複座。二人乗りなんだよ」
後部座席を指さしたが、アイリーンは、「そう。」と短く答えた。なにか失望したような表情に見えるのは気のせいだろうか?。

1、コクピットに乗り込む



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