オープニング

自らの影に怯え、自らの影を消し去ろうとするモノがいた。
だが、すでにもう影は影ではない。


「どうした相棒。特殊部隊だからって、やることは一般部隊とかわらんよ。与えられた任務をこなして帰る。それだけだ。ただちょっとだけ、一般部隊よりも難しい任務が回ってくるだけさ」

背後からの声は、コンビを組むことになったカイム・ローガー中尉のものだ。そうは言っても、その「ちょっとだけ」は、一般人には不可能に思えるほど困難な任務なのだ。そんな特殊部隊員としての初任務。しかも、空挺任務となれば、誰だって緊張する。

さらに、与えられたMSは、RGM−79GY。先行量産の陸戦型ジムを改修した複座機だ。索敵のためのホバートラックを随行できない特務部隊用に開発されたRGM−79GYは、背中に大型の複合センサーを搭載し、センサー操作と情報分析のために複座となった機体だ。当然、図体もでかい。

「MSでの空挺経験が無い上に、初めての複座機ですから、最終チェックです」
「ま、マメなのは良いけどな。地上まではドロシィが上手いことやってくれるさ。俺たちは計器を眺めていればいい。」

機体番号50054 コールサインDOROSY。通常コールサインは、パイロットごとに設定されるのだが、この部隊では、機体ごとに設定される。俺個人を呼び出すときは、ドロシィ2とコールされる。特殊部隊の変わった習慣なのだろう。しかし、機体のおまけ扱いされてる気がして、今ひとつなじめない。

ローガー中尉は、まるで自分の娘を誇るように、計器を軽くたたく。
「慣れない曲で踊るときは、パートナーにリードして貰うもんさ。そうだろ、ドロシィ2?」

確かに、ドロシィには、降下に関する機動はすべてプログラミングされている。だが、いくらオートモードで戦闘すら可能な高性能コンピューターとは言え、操作をするのは人間だ。すべてを機械任せには出来ない。

「注意を怠らないのは、良いことだ。だが、必要以上に緊張する必要はない」
通信モニターに現れたのは、我々の部隊長、トーマス・アレード少佐。
「なに、訓練通りにやればいい。整備班やスタッフも尽力してくれている。なにより、我々は選ばれたのだから」

このとき、選ばれたと言う言葉には、特殊部隊への選抜試験以上の意味はないと思っていたし、それ以上の事を想像できようはずもなかった。


オデッサ前の小競り合いで、俺は、自分の部隊を全滅させた。ジオンから亡命してくる要人を乗せたシャトル護衛部隊が全滅、かろうじてシャトルは大気圏突入したものの、予定コースを大幅に外れて、俺の小隊の哨戒担当区域に落ちてきた。

よりにもよって、俺たちは哨戒行動中。しかも、連れてた部下は、産毛のとれない新兵ども。何度も抗議したが、命令は変わらなかった。「本隊到達まで、シャトルないし要人を保護せよ」

本隊が到達したとき、原型を止めているジムは二機だけ。そのうち一機は、コクピットを打ち抜かれている。生き残ったのは俺1人、新兵は産毛が生え替わる暇もなく、その命を散らした。宇宙の護衛部隊も全滅した。この亡命者は、俺たちの十数人分の価値があるのだろうか?。ジオン側の人員も考えれば価値は倍と言えるだろう

クルストと名乗った博士は、俺の問いには、なにも答えなかった。「私は、私なりに、この馬鹿げた戦争を終わらせたいと思っている。来るべき日のために。そして、この子の未来のためにもね」とだけ答え、弱々しい笑みを浮かべる少女の手を引き、本隊とともに去っていった。

「ようこそ地球へ」
皮肉を込めて、要人の背中へぶつける。さすがに、軍人十数人と同じ価値がある人物。この程度の皮肉では、そよ風と大差ないらしい。クルストは振り返る事もなく、ただ手を引かれている女の子が済まなそうに、こちらを見ただけだった。

君じゃない。と言う意味を伝えるために、笑顔で手を振る。女の子も、はにかみながら、小さく手を振る。俺はいったい何をやっているのだろう。彼らがやってきた空を見るどこまでも青い空がそこにあった。



部隊編成表から消えてしまった俺は、思い切って転属を申し出た。部下を殺した償いに最前線を渡り歩くつもりだった。ダメ元で選んだのが、もっとも酷使されるであろう陸軍第133特務大隊。第1も第134特務部隊も存在しない。統廃合で残ったとか、部隊指令のラッキーナンバーだとか、諸説あるがはっきりしない。

特務部隊への選抜試験はかなりの難関で、合格率は二桁あるかないか。人員を必要とするはずの戦時中で、コレだ。開戦前から所属していたメンバーは、かなりのエリートと言える。連邦軍のMS機動教本やMS戦術マニュアルを作ったのも、この133特務大隊って噂があるほどだ。

特務大隊と呼ばれているが、規模は一般の連隊規模と同等以上。我々のいる、MSを使用する機動歩兵中隊の他に、メインの機械化歩兵中隊、砲兵中隊、航空中隊、衛生中隊と、ほぼ全部門を内包している。最近では、ペガサス級強襲揚陸艦を持った遊撃中隊が創設されたとの噂もある。

特務部隊の伝統で、実戦部隊は班と呼ばれている。班は編制上は、Aチームと呼ばれ、12個Aチームを、1個Bチーム、中規模支援班、が統括している。3個Bチームを、1個Cチーム、広域支援班、が統括しており、この4個Cチームと、司令部中隊で、第133特務大隊が成り立っている。

むろん、これは兵科ごとにチーム数は異なる。整備と補給が煩雑なMSを使う機動歩兵中隊は、6個Aチームと半数になっている。4個Cチームは、各大陸に1チームずつ分配され、ヨーロッパ、アジア、アフリカ、アメリカに配備されている。


「お客さん、目的適地に着きましたよ。」
ミデアパイロットのお決まりの冴えない言い回しを、アレード少佐からの通信がかき消す。そして、通信はアレード少佐機のコパイ。ラーナ・ステラ少尉へ引き継がれる。
「強襲部隊、ターゲットの確保に失敗。ターゲットは想定コースを外れたものの大気圏突入完了。突入コースの修正データ及び、推定着陸エリアを各機に送信します。暗号コードβ3。なお、敵追撃部隊の大気圏突入は確認されていません。」

一瞬、あの瞬間に戻ったような錯覚を憶える。あの日も、突入コースをそれたシャトルを拾いに行ったのだ。そして、俺の部隊は、編成表から消えた。宇宙(そら)の連中が、きっちり仕事をこなしていれば、俺の部下は死なずにすんだはすだ。その消えぬ想いが、口からこぼれ出る。

「上の連中が、マトモに仕事をこなしたのを見たことねぇな…」

「まったくだ。ブリティッシュ作戦といい、ルウムと言い…くわぁ、よりにもよってここかよ」
ローガー中尉は、不平を漏らしながらも、早速データを受信し、地図とと照らし合わせている。

どうやらジオンの前哨基地のそばに落ちるようだ。追撃しない理由はこれか。前哨基地とは言っているモノの、要塞に近い堅牢な作りにしてあるようだ。
「カリフォルニアに落とされるよりはマシだが…厄介な仕事になったな」
カイム・ローガー中尉の漏らした一言。だが、元々敵勢エリアのど真ん中から、亡命者を連れて帰るのが任務。要塞の一つや二つ増えたところで、不可能さに差はない。

ザビ家独裁のジオンで、高官の一人や二人、どれほどの価値があるというのか。命をかけるほど価値のある人間なのか?。

いや、任務に集中しよう。モニターの映像に、逆光補正がかかる。ミデアのハッチが開かれ、外光が差し込んできたようだ。

「よろしく頼むぜ、相棒」
コンソールを軽くなでると、猫が喉を鳴らすように、ランプがわずかに点滅した気がした。陽光のせいだろう。そんなことを考えているうちに、モニターが、青一色に染まる。気が付くと、ミデアから射出されていた。

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