夜遅くまで、エンリックの居室には明かりがついたままだった。
 宿直のドペンス候も腹心の一人。近臣の中では年長者になる、四十程の貴族だ。
 ティアラとの会見があったことを知っていたため、感慨に耽っている邪魔をしては、と声をかけることを遠慮した。
 だが深夜に差し掛かるとさすがに心配になった。
 もう一人、レスター候も王宮にいた。
 ウォレス伯と共に一度は帰宅したのだが、引き返してきた。
 やはり使者にたったウォレス伯も戻ってきたのだが、何人いても仕方がない。
 それぞれ職務がある身だ。
 結局、侯爵二人に押し切られて、ウォレス伯は帰途についた。
 もっとも、この数日ほとんど私邸に帰っていないということを指摘され、彼がおとなしく退き下がるしかなかったのだ。
 残ったレスター候とドペンス候は顔を見合わせた。
「まだ陛下は起きていらっしゃるか。」
「そうらしい。落ち着かないのもわかるが、そろそろお寝みになっていただかないと。」
 ドペンス候が扉を控えめにノックすると、中からかすかに声がする。
 入室した途端、ドペンス候の足が止まった。
 一歩、後から続いたレスター候は、あやうくぶつかりそうになったが、一目で理由を察し、慌てて扉を閉めた。
 部屋中に香気が漂うくらいに、テーブルの上には酒瓶が置いてある。
 何本かは空なのか、転がっているものもある。
「陛下!?」
 エンリックは主君の有様に驚いている二人に言った。
「今日は特別だ。祝杯くらい良いではないか。」
 すでに酔いがまわっているらしく、顔も上気して、目のうつろである。
 酒豪には程遠いはずのエンリックにしては無茶な量だ。
「祝杯にも限度がございましょう。続きは今度になさいませ。」
 ドペンス候が酒瓶ををエンリックに届かぬように端に寄せる。
「何だ。二人とも付き合わぬか。」
 放っておいたら、一晩中飲んでいる気らしい。
「まったく、私が何年待ったと思う。やっと捜し当てたら、フローリアは、妻はおらぬ。挙句の果てに、娘は…ティアラ・サファイアは『陛下』と、私のことを……」
 エンリックにとって、単に愛娘との再会の喜びだけではなかった。
 妻と決めた女性を失った悲しみ。
 父と呼んでもらえぬ寂しさ。
 複雑な想いを抱えたまま、酒に手を出して止まらなくなったのだろう。
 一旦、言葉にして気が落ち着いたのか、グラスを手から離した。
 エンリックは立ち上がろうとして、足がふらつくまま、どこへ向かうと思えば、
「ティアラの部屋へ行ってくる。」
 ガウン姿のまま、部屋の外へ出ようとする。
 扉に手をかける前に、レスター候が引き止める。