どことなく寂しげにエンリックがティアラに言った。
「ここも使いなさい。フローリアに用意したものだが。」
 住人となるはずだった女性は、もはやいない。
 飾り立てられた部屋は、無用の長物になってしまったが、おそらく片付けることもしないだろう。
 さすがにティアラはためらった。
 いくつも、このような豪華な部屋を与えられても、どうすればよいのか、わからない。
 でもエンリックの心遣いは室内の様子で感じられる。
 フローリアの好きだった花や色調で埋め尽くされているのだ。
 国王であるエンリックの居室より手をかけているのは、一目瞭然だ。
 元々、エンリックは派手な暮らしぶりとは聞かない。
 不作の年には税を軽くし、病院や学校の施設にも目を向けてくれる。
 国民の信望が厚い理由の一つは、国民の生活を決して無視しない事だ。
 ティアラは再び実感のない自分の部屋へ戻った時、一つの疑問をエンリックに尋ねた。
 何故、あのような場所にいることを思いついたのだろう。
「ああ、それなら簡単だ。母娘二人で生活するのは大変には違いないだろう。」
 身よりも財もない年若い女が、幼い娘を抱えて、地方から都にやってきたのだ。
 どうにか都に向かったという情報だけが、エンリックには頼りだった。
 子連れでいきなり働ける場所は多くないように思えた。
 まず、手を差し伸べてくれる場所は教会か修道院ではないだろうか。
 子供がいるからには、医者にかかることもあるに違いない。
 どこかの慈善施設の世話になっているかもしれない。
 だから、エンリックの命を受けたもの達も、そのような箇所を中心に捜した。
 自然エンリックは困っている人々の暮らしを考えざるを得なかった。
 おかげで国全体の安定に向かった。
−今度の王様は本当に偉い方だ−
 町の整備に目を配り、祭りや新年の行事には王宮の門戸を開放し、自ら姿を見せる。
 もしかしたら、群衆に紛れてフローリアとティアラが来るかもしれないという、エンリックの思惑もあったからなのだが、国民の声も高まった。
 ティアラはフローリアに連れられて、王宮の近くまできたことがある。門をくぐる事はなかったが。
 エンリックが人々に慕われる王であることを心の中で満足して、フローリアは引き返して行ったのだろうか。

 山程、話したいことはあったが、あまりティアラを疲れさせてはいけないと、エンリックは早めに夕食の用意をさせ、寝すませることにした。
 食事に関して注文もしなければ不平も言わないエンリックの、その晩の食卓は何とも豪勢だった。
 だだっ広い食堂を好まないエンリックは、普段から違う部屋を食事室にしている。
 今夜も同じ部屋を使用しているが、並んだ料理の質と皿の数は平素の比ではない。
 エンリックが食べきれない量を出されても困るし、それ以上に一人で食事をとるのが嫌いだ。
 必ずご相伴にあずかる者がいる。
 重臣から小姓にいたるまで、誰彼かまわずだ。
 国王本人は気にしてないが、同席する方はそれぞれ事情もあるので、「食事当番制」になっていたが、当分はお役御免だろう。