一度、国王の居室を辞したものの、やはり気になってレスター候とウォレス伯が近くに戻ってみると、エンリックがなにやら廊下でうろうろしている。
 声をかけていいものかどうか、少しの間迷ったが、思い切って近寄った。
「陛下、姫君の件、心よりお祝い申し上げます。」
 エンリックは、二人の姿さえ目に入らなかったらしく、突然の言葉に、はっとした。
「ああ。二人とも、本当にご苦労だった。ありがとう。」
「どうなさったのです。このようなところで。」
 遠慮がちにティアラの部屋の扉を見つつ、レスター候が聞いてみる。
「中でティアラが支度を整えているのだが、待っているのも、もどかしいな。」
 子供とはいえ、女だから時間がかかるのだろうな、と、付け加えた。
 質問されも、そうでしょう、としか、答えられない。
 エンリックにしてみたところで、ティアラの対面が決まると部屋中に服を広げて、世話係を驚かせたものだ。
 今日の午前中も、あれこれ引っ張り出して迷っていたらしい。
 大体、エンリックは服装に関して無頓着すぎるくらいだ。
 さすがに娘に何年かぶりで逢うのに、正装したのは親心の表れである。
 普段は、一応貴族か、という程度の格好だ。
 エンリックは堅苦しいのが元々苦手な質だ。
 質素なことは美徳だが、時と場合による。
 何といってもエンリックがティアラのために用意したドレスの数からすれば、彼の着る物など極端に少ない。
 衣食住には困らなければ、別に贅沢は必要ないということだ。
 人に世話されるのも好きではなく、自分のことは一通りなんでもやってしまう。
 もっとも、これは少年時代からの名残だ。
 ろくに人もいなかったので仕方のないことではあるが、おかげで世間一般の貴族の生活感覚からは、すっかりずれてしまった。
 いや、働いてなかっただけで、庶民の暮らしの方がより近かったかもしれない。
 エンリックは労せずして国王にしては妙な倹約家になってしまった。

「陛下、中へどうぞ。」
 不意に扉が開き、ランドレー夫人が顔を出す。
 エンリックが慌てたように、室内へ飛び込み、途端に足が止まった。
 さっきまでと、まるで別人だ。
 造花をあしらった髪飾りに、金糸の刺繍の薄青いドレス。
 散歩に出ると言ったせいだろう。淡い桜色のショールを羽織っている。
「思った以上だ。」
 エンリックの素直な褒め言葉にティアラは恥ずかしそうに俯きがちである。
「寸法は大丈夫か?」
 ティアラ本人がいなかったので、その年頃でと、仕立て屋に見繕ってもらっていたのだ。
 ランドレー夫人がティアラのかわりに答えてくれた。
「少し大きいかもしれませんわ。姫様はほっそりとしていらっしゃいますから。」