ティアラも一緒に手伝うつもりで、違う植物を採ろうとして
「それはいけないわ。」
と、優しくフローリアにたしなめられた。
(そう、こんな感じだったわ。)
もう一度、周囲の景色を見回した。おぼろげな記憶が浮かんだ。
あれはどこだったのだろう。
確かにティアラは似た場所を知っている。
母のほかにも誰かいたような気がする。
ティアラは思い出そうとした。
「あの時、後ろから抱き上げてくれた人がいて……」
ティアラはエンリックを見つめなおす。
「覚えているのか!?」
エンリックはティアラを抱きしめながら言った。
「良かった。少しでも覚えていてくれて。」
「ここは……」
「そう。私達が暮らした館の庭と同じように造ってある。もっともこのように広くはなかったが。」
エンリックが特別に手入れをしたものだ。
できるだけ思い出の地の風景に近づけるようにした、お気に入りの場所でもある。
日陰のテラスにティアラと座り、エンリックは懐かしい日々を語った。
「晴れの日にはこうして三人で庭に出て、お茶の時間を過ごしたことも多かった。フローリアがパイやスコーンを作ってくれて。」
「はい。お菓子作りが得意でした。」
修道院では皆交代で作っていたし、ティアラも手伝っていた。
季節の果物や木の実を使ったパイやクッキー、スコーンなど様々な焼き菓子やジャム。
「あの、おうかがいしてもよろしいですか。」
「何でも。ティアラ・サファイア。」
「もしかして甘いものがお好きなのですか。杏や野苺のジャム、胡桃のパイのようなお菓子。」
「よくわかったな。先程は出してなかったはずだが。」
エンリックが首をひねった。
思い当たることがティアラにはあった。
フローリアが中でも多く作っていた。
あれは、父の好物であったのか。
フローリアは無言の内にもティアラにエンリックのことを遠回しに伝えようとしていたのかもしれない。
ふと、気が動転してしまって、ろくに手を付けられなかった、テーブルの上の菓子を思い出した。
何種類かの木の実や果物の焼き菓子。
「小さい頃の私の好きなものばかり…」
「今の好物は知らないから。」
エンリックは、ちゃんと覚えていて、用意したのだ。
「今もです。」
ティアラは、答えた。
「良かった。」
エンリックは安心したように呟いた。