質素な調度の部屋に、院長のほかに二人の人間。
多分、三十代前半くらいの、赤褐色の髪と銀髪の青年貴族。
ティアラが入室すると、座っていた二人が立ち上がり、深々と一礼した。
慌てて、ティアラも礼を返した。
「ティア、このお二人はお父様のお使いとしてあなたを迎えにいらっしゃってくれたのです。」
ティアラは言葉を失って、立ちすくんだ。
父?自分は身寄りなどいないはず。
「そうです。こちらは、テオドール・レスター侯爵と、ステファン・ウォレス伯爵。」
赤褐色の髪に暗緑色の瞳がレスター候、銀髪に琥珀色の瞳がウォレス伯らしい。
二人とも長身だが、ウォレス伯はさらに背が高い。
半ば呆然としているティアラは席を勧められ、院長と共に話を始めた。
レスター候が、ティアラに優しく聞いた。
「母君はもうお亡くなりになってしまったのですね。お名前は、なんとおっしゃいましたか。」
「はい、三年前に。母はフローリアと申しました。」
いつも優しかった母は、死ぬまで何も語らなかった。
「父君について、何かお聞きになっていませんか?」
「何も…」
ティアラは、レスター候の問いに、そう言いかけて、頭の中にフローリアのことを思い浮かべた。
何を話していたか。思い出がよぎる。
「確か、私の名は父が名付けてくれたと言っておりました。立派な優しいかただとも、聞いたような覚えがあります。」
幼い頃、フローリアは懐かしい様子で、たまに話していた。言い聞かせるというよりは、独り言のように。
それでも、父の名だけは明かさなかった。
どこにいるのか、どのような身分なのか、一切、口にしないまま世を去った。
「事情があって、生き別れになったお二人を、ずっと捜しておいででした。ただご身分のある方なので、ここでは申し上げられませんが、ぜひ私達といらっしゃってくださいませんか。」
レスター候は、はっきりと用向きを伝えた。
侯爵と伯爵が使者としてくるからには、かなりの権門なのだろうと、ティアラは察した。
多分、父は名のある貴族で、母とは身分違いだ。
信じても良いのか、十三歳の少女は、黙って考え込んでしまった。
その様子を見て取ったレスター候とウォレス伯は心配になった。
急な出来事でとまどっているのは理解できるが、連れて帰らねば彼らも困る。
何よりも心待ちにしている人物がいる。
「ティアラ、会っていらっしゃい。」
老院長がティアラの横に座りなおし、
「あなたのお母様が愛した人です。信じて大丈夫です。」
この一言に、ティアラも頷いた。
「はい。院長様。」
そのティアラの返事の言葉に、つい両名も弾んだ声を出した。
「ありがとうございます。」
院長は、ティアラを促して、荷物をまとめてくるように、部屋へ戻らせた。持って行く必要がある物などないであろうが。