ティアラを、院長と数人の修道女が見送り、
「今まで、ありがとうございました。」
と、彼女は口数少なく礼を述べ、馬車に乗った。
 動き出しても、ずっとティアラは今日まで過ごしてきた場所を、窓から見えなくなるまで目で追っていた。
 しばらく沈黙が続いた後、うつむき加減だったティアラが顔を上げた。
「どういった方なのですか。」
 なんと答えようかと、二人の貴族は困った。
 ティアラには自分ですべてを話したい、との希望で彼らは本当に大まかなことしか話せない。
 だが、父のことを知りたいと思うのは、当然だ。
「貴女様と同じ青い瞳をしていらっしゃいます。」
 ウォレス伯がやわらかい口調で答えた。
 どういう人間か、というのは外見ではなく、内面の性格のことかもしれないが、当たり障りのないことであれば良いだろう。
 もうすぐ、本人には会うのだから。
「私と同じ色なのですか。」
 共通点を見つけたせいか、ティアラはほんの少し安堵したようだった。
 その表情を見て、同乗している二人も、ほっとした。
 元来、会話が不得手というわけではないが、相手も状況も特別だ。
 どうやって気分をほぐしたらよいのか、とまどうばかりだ。
 粗末な服を身に着けていても、彼女は品があり、急なことに驚いてはいても、取り乱したりしない。
 馬車に乗ってからも、窓の外の様子を見たりはしているが、そわそわした様子もない。
 年齢よりは、大人びてしっかりしているのだろう。
 言葉の少ない会話をしながら、目的地へ、やっと近付いた。
「もうすぐですよ。」
 レスター候が教えてくれたが、ティアラは窓の外の景色に、たじろいだ。
 街中を通り抜け、貴族の豪邸を素通りして、眼前には森と花園が広がっていく。
「あの、もしかして…」
 言葉を飲み込んでしまったティアラを乗せて、馬車は、王宮の正門をくぐり抜けて進んでいった。
「宮廷貴族なのですね。」
 独り言のようにティアラは、つぶやいた。
 そして、馬車は静かに止まった。
 先に降りたレスター候が、ティアラに手を差し伸べた。
「足元にお気をつけて。」
 恐る恐る、馬車から降り立ったティアラは、立ちすくんでしまった。
「王宮で会うのですか。」
「お忙しい方なので。」
 レスター候とウォレス伯はティアラを案内しながら、そう答えるしかなかった。
 ティアラの歩調に合わせてくれているのだろう。
 随分とゆっくりとである。
 磨かれた床。中央に長く敷かれた絨毯。彫刻の施された柱。眩いシャンデリア。
 長い廊下、階段。あちらこちらに絵画や、彫像、陶磁器の置物、装飾品。