自分は本当にここに来て、良かったのだろうか?
ティアラがそんな思いを抱いていた矢先、扉を開く音と、人の足音がした。
「まだか!」
あと数歩で、たどりついたであろう部屋から、飛び出てきたのは、正装に身をつつんだエンリックであった。
「お待たせいたしまして、申し訳ありません。」
近寄ってくるエンリックを、レスター候が押し返すように前に出、ティアラを室内に入れ、ウォレス伯が急ぎ足で扉を閉めた。
「ティアラ姫でございます。陛下。」
その言葉に、ティアラは振り返り二人を見た後、正面に向き直った。
父の使いという彼らは、目の前の人物をなんと呼んだか。
多分、二人の貴族より年下であろう、背の高い、自分と同じ瞳の人間を、陛下と。
「あの、私…」
思わず、後ずさりしそうなティアラに、エンリックは苦笑して声をかけた。
「こちらへおいで。ティアラ。」
それでも、足が動かないティアラに、エンリックはもう一度静かに呼びかける。
「お前が生まれたとき、私は何もしてやれなかった。『私は何もできない。せめてこの名を贈ろう。ティアラ・サファイア』」
その科白にティアラは聞き覚えが会った。
遠い昔、母が自分の名の由来を話してくれた時。
「お父様が付けてくださったの。思いを込めて。自分は何もできないから、せめてこの名をと。」
それに、ティアラ・サファイア。
彼女の本当の名を知るものは少ない。
「お父様…?」
一歩だけ、前にかろうじて進んだティアラを、エンリックが両手で抱きしめた。
九年、捜し求めた娘、ティアラこそ本人だ。
レスター候とウォレス伯は、一礼して部屋を去った。
親子の対面に、他人は不要だ。
「ティアラ・サファイア姫、とおっしゃるのか。」
「陛下の思いが偲ばれる御名前だな」
国王の部屋の前で、彼らも胸が熱くなる。
当時のエンリックが、どのような気持ちで、その名を娘に付けたか。
今、この場で我が娘と呼べることが、どれほど嬉しいか。
それは、これから二人の間で話すのだろう。
かすかに肩を震わせてティアラを腕に、エンリックは幼少の頃の娘を思い返していた。
あどけなく、いつも屈託なく笑っていた。
「大きくなって…。よく顔を見せておくれ。」
両親から受け継いだ明るい金髪を、右手で撫でながら言った。
静かに頷きながら上げたその顔は、涙にぬれていたが、まぎれもなく昔の面影を残していた。
「青い目は私と同じだが、フローリアによく似て…。さあ、こちらへおいで。話したいことは山ほどあるから。」