部屋の中央の衝立の向こうに、テーブルが置かれている。
茶と緑の二色を基調とした室内は、豪奢ではあっても落ち着いた雰囲気を醸し出していた。
エンリックが自ら椅子を引いて席を勧めてくれた、目の前のテーブルの上には、お茶のセットと花が飾りつけられている。
随分手馴れた感じで、手ずからティーカップを差し出した。
その様子にティアラは驚いた。
国王が給仕をしてくれている。いや、させてしまったのか。
紅茶の湯気が立ち昇って、まだ温かい。
多分、ティアラが到着する時間を見計らって、用意しておいたのだろう。
後で、誰にも二人きりの時間を邪魔されたくないために。
「フローリアは私のことをなんと?死んだと言っていたか?」
少し寂しげに問いかけるエンリックに、ティアラはとまどった。
自分では父はいないと思っていた。名前も知らない父は、てっきりこの世にないと。
しかし、母フローリアは、はっきりそう言ったわけではない事を、初めて思い返した。
「…いいえ。母は、私の父は手の届かない遠い所だと言っていました。だから、私はもう亡くなっているのだと思っていました。」
ティアラがそう思い込むのも仕方ないことだ。
幼いティアラに対して気遣っていたと思われた表現は、まったく逆の意味だった。
生きているからこそ、直接的に言えなかったのだろう。
「手の届かない遠い所、か。こんなに近くにいたのに…。フローリア……」
うつむいてエンリックは呟いた。
待っていたのに。
自分の心は、あの頃のまま、止まっていたものを。
「私が即位前の話を知っているか。ティアラ・サファイア。」
エンリックが国王の座に就いたのは、まだ十八の時だ。
その前?
ティアラはなんと習い覚えていただろう。
「遠慮せずともよい。普通に答えてくれれば構わぬ。」
重ねて問いかけられ、ティアラは考え込んでしまった。
知らないわけではない。本人を目の前に返答を憚ってしまう事だ。慎重に言葉を選ぶ。
「ご幼少の頃は病がちであられたので、地方の療養先で過ごされたのではありませんか。」
エンリックは当惑したティアラの表情を読み取った。
何も、娘を困らせるために質問したのではない。
「はっきり言ってよいのに。叔父に王位を横取りされて都を追放されたのだと。少し長い話だが、聞いてほしい。ティアラ・サファイア。」
エンリックは、穏やかに微笑んだ。