ダンラークは由緒ある国だが、王族が極端に少ない。
理由は、数代おきに国王が若死にして、その度王権争いがおきたためである。
エンリックも、同じことに巻き込まれた。
父王が世を去った時、普通であればエンリックがそのまま玉座に就くはずだった。
それを、叔父のシェイデがもっともらしい理由をつけて、王位から遠のかせた。
自分が王になりたいために。
子供が国王では国が乱れる、成り立たぬ、と言いがかりに近い理屈を並べ立てた。
それでもエンリックを殺さなかったのは温情からではない。
当時、シェイデに子がなかったからだ。
「もう一つは、私の味方につく忠臣が進言してくれたおかげだな。」
もちろん、エンリックに付く者は多く、王位よりも成人までの身の安全をと考えた。
「王子はご病弱にあらせられます。」
このままでは成年に達するまで生きていられるかどうか、という含みを持たせた臣下の言葉をシェイデは信じた。
手にかけないで死んでくれるのなら、それに越したことはない。
静養の名目で、エンリックを田舎へと追いやった。都にいられては、何かと都合が悪い。
「何もわからぬまま、流刑同然になって、私はなす術もなかった。ただ『今はご辛抱ください。』という心ある臣下の言葉を信じるしか。」
数人の身の回りの世話をする者と家庭教師を兼ねた老主治医だけで共に暮らしていたなら、エンリックはさぞ暗い性格になっただろう。
その不自由な生活の中で出会ったのが、フローリアだ。
都の人間を多く近づけることをシェイデが警戒したため、その地で雇った者だった。
エンリックより二歳ほど年上のフローリアは、唯一、年の近い話し相手であり、心の慰めだった。
お互い肉親に縁が薄かったことも、一因かもしれない。
「フローリアがいなかったら、きっと私は生きる気力も失っていた。」
エンリックにとって辛い日々を支えてくれたのは、フローリアの優しい心遣いだ。
そして、結ばれた二人の間に誕生したのが、目の前のティアラ・サファイア。
「お前が生まれた時、私もまだ十四の子供だったが、この子のために生きよう、いつか自分の権利を取り戻してみせると、決心したのだよ。」
正にエンリックが王位継承者の誇りと希望を見出したのは、ティアラを、その腕に抱いた瞬間である。
だからこそ彼は娘の名を考えた末に、そう名付けた。
「王家の姫」にふさわしいと思われる名前を。
シェイデはエンリックに、ほとんど無関心だったため、ティアラとフローリアのことも知られずに済んだ。
人家から離れた小さな館の出来事など気に留める者は、一部の人間を除いてろくにいなかった。
それが一変したのは、先立たれた妻にも愛妾にも、シェイデに子が恵まれなかったからだ。
このまま自分に子ができなければ、せっかく手に入れた王位は、エンリックの元に戻ってしまう。
大体、何故まだ生きているのか。
八歳や十歳の子供ならいざ知らず、いつしか少年から青年になろうとしている。
さすがに、もう野放しにはしておけない。