いつにもまして青白くみえる娘を心配する。
「エレンの方が顔色がよくないわ。具合でも悪いのではなくて。」
「違いますわ。あの、私…。」
「何があったの。話してごらんなさい。」
ためらうエレンを男爵夫人は、うながした。
ベッドの脇の椅子に腰掛けていたエレンは、うつむいていた顔を上げる。
「お母様。私、殿方に申し込まれたのです。」
「まあ。」
男爵夫人は、驚きと喜びの入り混じった声を出す。
やっとエレンにも、女としての幸せが訪れたのだろうか。
「お名前は?どのような方なのです。」
「優しい方だと思います。最近、知り合ったのですが、私のことを以前から御存知なのかもしれませんわ。」
ウォレス伯の口調から、エレンがシェイデの後宮に上がったことを承知の上でということはわかる。
本当に良いのだろうかと、迷う。
「お相手はどなたなの?」
母に重ねて問われ、エレンは答える。
「ステファン・ウォレス伯爵ですわ。」
「ウォレス伯ですか。そう。」
オルト夫人は、ウォレス伯爵家がかつて無理難題を突きつけられたことを知っている。
エレンが後宮に召される以前だ。
他家の事とはいえ、気になったものだが、我が家に降りかかってきた。
「あの御方なら、お前を受け止めてくれるかも知れません。」
「お母様?」
「ウォレス伯は年若い頃に爵位を継いだ方。色々大変な事もありましたでしょう。きっと守ってくださる気がします。良くお考えなさい。」
母の言葉に、エレンはウォレス伯の台詞を思い出していた。
その夜、遅くまで思い悩んでいたエレンは思い切って、もう一人に相談してみることにした。
書斎から明かりが漏れている。
扉をノックすると、返事が聞こえる。
「姉上、まだ起きていらっしゃたのですか。」
四歳年下の弟。
今では亡き父の跡を継いだ当主だ。
弟は読んでいた書物から目を離し、机と逆の向きにかえる。
「少し、相談したいことがあるの。」
「何でもどうぞ。珍しいですね。」
いつも、黙って自分の胸にしまい込むタイプの姉が、わざわざ話にくるとは、深刻な問題なのだろうか。
「あの、ウォレス伯はどういう方?」
「急にどうしたんですか。」
滅多に他人に目を向けないエレンの質問に弟は驚かされた。
エレンは仕方なく、昼間の一件を話す。
「すごいじゃないか。ウォレス伯から求婚されるなんて。おめでとう。」
「そんな、はっきり求婚とは…。」
「それと同じだよ。賛成だな。ウォレス伯は陛下の御信任も厚い方だし、頭も切れるし、腕も立つというから良いお話だと思うよ。」
家に閉じこもってばかりいるエレンが、どこでウォレス伯と懇意になったかはわからないが、喜ばしいではないか。
迷っている姉の顔を見て、弟が話しかけた。
「ウォレス伯は少なくとも卑怯な真似をされる方じゃない。我が家だって男爵家だし家同士だって釣り合いは取れる。本人同士の気持ち以外、問題ないよ。姉上には幸せになってほしいと思う。」
エレンが家から出たがらない理由を弟も知っている。
父も最期までエレンを案じていた。
−人は前を向いて生きていくべきです−
ウォレス伯の言葉を、エレンは何度も思い出す。
自分に向けられた真剣な眼差し。
(私はあのように人に向き合ってきたのかしら。)
エレンは落ち着いて、深く考え込むようになった。