数日間に渡り、小雪が舞う。
降っては止み、雲が広がりを見せる。
気まぐれな天候は、朝も夜も関係ない。
「また雪か。」
ウォレス伯は執務室の窓のカーテンを開け、外を眺める。
星のかわりに雪が白く光って、夜の暗さを補っているかのようだ。
カーテンを閉めなおし、帰り支度を始める。
特に急ぎの仕事もないのに、居続けてしまった。
あれ以来、時間の調整もつかず、何日もエレンに会っていない。
唐突過ぎたかもしれない。
ウォレス伯はもう一度訪問する気でいる。
(それとも、間に人を介して申し込んだ方が良いのだろうか。)
廊下を歩きながら考えつつ、通用門へと向かう。
屋外へ出る直前、呼び止める声がした。
「ウォレス伯爵でいらっしゃいますね。」
あまり見覚えのない、二十歳を一つ、二つ過ぎたくらいの青年。
「トーマス・オルトと申します。エレン・オルトの弟です。」
薄暗がりの中、いわれて見れば似通った面差し。
「突然、お呼び止めいたして申し訳ありません。招待状も差し上げず失礼かと存じ上げますが、よろしければ我が家の夕食にお誘いいたしたく。」
ウォレス伯は仰天した。
申し出にもだが、もう随分前から雪が降っている。
大雪ではないとはいえ、このような所でずっと待っていたのだろうか。
いかにも柔和で人の良さそうなトーマスは、ウォレス伯が黙ったままなので予定でもあるのかと思ったらしい。
「ご都合が悪ければ、日を改めまして…。」
「いいえ。喜んでお受けいたします。寒い中、お待ちいただいたようで、恐縮です。」
思いもかけないトーマスからの誘いに期待しつつ、ウォレス伯はオルト家の玄関を入る。
病弱だと聞いている男爵夫人も同席し、エレンも日頃より飾りのあるドレスに身を包んで出迎えてくれたので、ウォレス伯は胸が躍る気がした。
食事中は、もっぱらトーマスが当たり障りのない世間話を話題にした。
ウォレス伯にとって、肝心な話は、食後、応接間に通されてからだった。
程よく暖かい室内に四人が座る。
ぎこちない空気の中で、オルト夫人が口を開く。
「先日、この娘にありがたいお申し出をくだされたそうですが。」
やっと本題を切り出してくれたので、ウォレス伯は気が楽になった。
オルト夫人もトーマスも知っているなら、説明の手間が省ける。
「はい。少々不躾であったと反省して、再度お伺いするつもりでした。」
「本気でいらっしゃいますのね。いささか、娘には事情が…。」
オルト夫人の言葉を、ウォレス伯が打ち消すように言う。
「些細な事は気にいたしません。」
エレンの隣に座っているトーマスが嬉しそうな顔をする。
「男爵夫人は御存知かもしれませんが、当家も同じような話がありました。」
オルト夫人は微かに頷いた。
「どの家でもありえたでしょう。私はそれを理由に断られるのであれば、何度でもお願いに上がります。」
トーマスがエレンに、
「ほら、姉上、ご返答は?」
小さな声で促しているようだが、ウォレス伯の耳にも届いた。
彼にとって、重要なのはその後に、エレンの口から出た言葉だ。
「お心に変わりがなければ、承りたいと思います。」
「もちろんです。私の妻になっていただけますね。」
念を押すように聞き返した。
ウォレス伯の以前の言葉は、やはり求婚のつもりだったのだと、エレンはこの時感じた。