今後の事は日を改めて、とウォレス伯がオルト家を辞したのは、夜半に近い時刻である。
執事にかわってトーマスが見送りに出てくれた際、
「姉をよろしくお願いします。」
丁寧に頭をさげられたウォレス伯は心情を察した。
「大切にいたします。幸せにいたすよう、心がけますとお伝えください。」
雪は静かに降り続いていたが、ウォレス伯の心は、すでに春であった。
雪解けも間近になると、霜の降りる日も少なくなり、朝晩の冷え込みはともかく、昼の間は太陽が出ていればかなり暖かい。
庭に作られた雪だるまも日に日に小さくなり、見えなかった地表が顔を出す。
ティアラがサミュエルと共に、散歩に出始める。
「もうすぐ雪もすっかりなくなります。そうしたらお母様も外に出られますわ。」
「楽しみにしております。」
相変わらずマーガレットは屋内に足止めされ、エンリックも積もった雪が消えれば庭園の散歩を許可しようと言った。
マーガレットの経過はいたって順調であると、医師も診察の度、報告した。
多少ふっくらした程度で、見た目には以前と変わりないので、
「本当に育っているのだろうな。」
と、エンリックは心配そうだった。
二人きりでいる時など、立っているだけではらはらしている。
「お医者様も大丈夫だとおっしゃっておりますのに。」
落ち着かない様子のエンリックにマーガレットが笑ってみせる。
「そうかもしれないが…。男は母親と違って、生まれてくるまで心配することしか出来ない。」
マーガレットに言い訳して見せる姿が、なんとも気恥ずかしげであった。
喜怒哀楽の表情が素直な国王と違い、臣下のウォレス伯は身に一大事が起きても平然としている。
人前では。
職務の空き時間に執務室から出たレスター候は、宮廷に居合わせたヘンリー卿と共にウォレス伯の控え室に連れてこられた。
用件は二人一緒に都合の良い日はいつかと言ってきた。
「もう少し先だが、その内招待状を送るから。」
「何の?」
レスター候が聞く。
わざわざ改まって招待状とは。
「結婚式。」
「誰のだ?」
「俺の結婚式だ。」
レスター候とヘンリー卿が、揃って椅子から身を乗り出した。
「聞いてないぞ!?」
毎日、顔を会わせているレスター候でさえ、気付かないのだからヘンリー卿は尚更だ。
「いつ決まった、そんな話!?」
飛び掛ってこられそうな勢いなので、思わずウォレス伯は後ろにもたれかかる。
「だから、今話しているだろう。つい最近だ。」
二人の質問に同時に答える。
「相手はどなただ?」
見当がつかないレスター候が、問い質す。
「エレン・オルト男爵令嬢。」
レスター候は首を傾げただけだったが、ヘンリー卿は顔色を変えた。
お前、知っているのか、と言おうとして、ウォレス伯の視線とぶつかり、やめた。
(承知の上、か。)
この男なら、関係なさそうだ。
ヘンリー卿は、もう一つの疑問をぶつける。
「しかし、急だな。どこで知り合った。」
「まあ、色々とな。お互い身内も少ないし、挙式だけなんだが。俺も若くないし。」
相手の気が変わらない内にと思うのは、ウォレス伯の身勝手なのだが、派手にしたくないのはエレンも同様らしい。