お互い婚約した途端、式の段取りに入った。
エレンの弟、トーマスが両家を行き来して、まとめようとしている。
「陛下には今日にでも申し上げようと思う。いくらなんでも当日は休まないと。」
「準備はどうするんだ。」
呆れたようにレスター候が問う。
「エレン嬢の部屋も必要だろうが、ステファンの部屋も何とかした方が良いだろう。」
「まったく、あれでは執務室と変わらない。」
ヘンリー卿も同意する。
飾り気がないというより、人気のないウォレス伯の私室を思い出す。
生活感がかけらもない。
「寝むのに帰るだけだったからな。」
さすがに貴婦人が見れば驚くだろう。
大体、ウォレス伯はこの二人以外、自分の部屋に入れたこともない。
「正確な日時が決まったら連絡する。」
ウォレス伯が逃げるように席を立ってしまったので、話を続けられなくなった。
レスター候は不満気なヘンリー卿を自分の控え室に誘った。
エレンの事にレスター候が思い当たったのは、座ってからだ。
「オルト家か。まあ、昔の話か。」
「今頃、気付いたのか。テオドール。」
国王の近臣にしては、貴族の「事件」に疎い。
「知らなくても問題ないだろう。人事ではなかろう。ステファンには。」
「叙爵式が無事に終わった時には、ほっとしたからな。」
なんといっても、ウォレス伯は喪服で叙爵式に臨んだくらいだ。
もし、伯爵夫人が自殺か、家督を認められなかった時点で、叛逆者になっていたに違いない。
仮にエレンの身の上について侮辱する者があれば、その場で決闘になりそうだ。
「ステファンが選んだ女性か。早く会ってみたいものだ。」
レスター候は名前だけは知っていても、顔まで覚えていない。
女性に関して記憶力が良いヘンリー卿は、話したことがなくても見かけたことがあれば忘れない。
相手が美女なら、尚更だ。
「何と口説き落としたか聞いてみたいな。ああいう人間に限って、真顔で気障な台詞をさらりと言ってのけるものさ。」
いくら親友でも口を割らないのは、目に見えている。
堅物と称されるウォレス伯がどんな顔をして求婚したのか考えると、中々想像力がいるのであった。
ウォレス伯はといえば、エンリックに職務上の話の後、何気なく告げた。
「私事ではありますが、結婚いたすことになりましたので、近々休暇をいただきます。」
常と変わらぬ平坦な口調だったので、エンリックはうっかり聞き流すところだった。
「それは、おめでとう。」
言った途端、机の前から離れ、退室しようとするウォレス伯の腕を掴む。
「結婚するのか。ウォレス伯。」
「はい。」
「一体、お相手は?」
興味深げなエンリックに、ウォレス伯ははっきり答えた。
「オルト男爵家のエレン嬢です。陛下。」
「…エレン嬢?」
掴んだ腕を、ようやく離して、エンリックは執務室でなく控えの間になっている隣室へとウォレス伯を呼び戻す。
祝辞とは別に言いたい事がありそうな気配をウォレス伯は感じた。
エンリックも、耳に入れようかどうか、迷っていた。
「細かい事はこだわりません。」
先にウォレス伯が口に出したので、エンリックも安堵した。
ウォレス伯なら、充分エレンを守る盾になる。
「令嬢は繊細だから、大切にな。ところで式は決まっているのか。」
エンリックの問いに友人達と同じ事を繰り返す。