そのような貴婦人達の中に、どうかと迷う貴族がいた。
タイニード伯は遠縁の娘が一人、行儀見習いというより侍女に近い待遇で出仕する事になっている。
以前からエンリックに頼み込んで冬が終わったらと話が決まっていた。
「もう、行儀見習いの年齢でもなく、誠にお恥ずかしいのですが、何分田舎育ちで、たしなみの一つでも覚えさせたいと思いまして。」
奥に人手が欲しいと思っていた所への申し出だったので、エンリックもすぐ了承したのだ。
実はもう邸に待機しているのだが、いつ連れ来ていいものかタイニード伯は悩んでいる。
エンリックも話を覚えていて、
「遠縁の令嬢は、いつ頃見えられる?」
タイニード伯に訊ねてくる。
主君に嘘はつけないので、早速出仕させることにした。
前日、タイニード伯は念を押した。
「良いな。くれぐれも御無礼のないように。間違っても物を壊したりするでないぞ。」
タイニード伯が紹介した娘は、大変溌剌とした性格で、二十一という年齢を感じさせない。
名をルイーズ・カネック。
物怖じせず、はきはきとした言動は誰の目にも新鮮に映った。
何しろ、出仕の初日、エンリックが奥にタイニード伯を伴った時、
「まあ、おじさま。その御方どなた。勝手に殿方をお連れしたりしてよろしいのですか。」
そう発言し、タイニード伯は冷や汗をかいてルイーズを叱りつけ、エンリックは目を白黒させた後、大笑いしてしまった。
「どうやら私は王宮の主に見えぬらしい。」
型にはまらぬルイーズは人々を驚かせたが、好感も持たせた。
「ルイーズさんと一緒だと、とても楽しいですわ。」
ティアラもエンリックに心底嬉しそうに話すのであった。
タイニード伯がやけに一人で気を揉んでいるので、エンリックは、
「ルイーズ嬢のおかげで、毎日退屈しないな。」
安心させるつもりが、その一言で余計恐縮してしまった。
喜んだのはサミュエルも同様だ。
かなり活動的なルイーズは多少の武芸も身に付けているらしく、特に弓の扱いに慣れていた。
エレンやソフィアも少年のような一面を持つルイーズと、不思議に打ち解けた。
マーガレットを含め、全員に共通するのは音楽が好きだった事だ。
ルイーズは良く通る声で歌が上手である。
ソフィアはバイオリン、エレンはピアノとハープを趣味として嗜む。
またソフィアは教養高い貴婦人として一部で名を知られ、詩や文学の話題が豊富である。
エレンは手工芸が得意で、造花などは紙でも布でも本物らしく作り上げられる。
ルイーズは何でも手際よく、ティアラは菓子作りを一緒に出来る相手が増えた。
寄り集まれば、日替わりで楽器を奏で、詩集を朗読し、絵を描く。
ティアラの教師達はいつの間にか、複数の貴婦人を相手にするようになった。
エンリックは、いっそのこと非常勤で良いから、エレンとソフィアを侍女として召抱えてみようかと考えた。
ティアラとマーガレットの相手をしてもらえばいいだけなのだが、結婚して間もないので、どうかと思い、夫である二人の伯爵に打診する。
案外に、ウォレス伯もストレイン伯も素直に応じてくれた。
彼ら曰く、
「付き合いが広くなったようで、願ってもないことです。」
ソフィアはともかく、エレンは今まで親しくしていた人間がいなかったせいか、すっかり様子が明るくなってきた。
病床にあったはずのオルト夫人も娘のエレンが落ち着いてから快復し、見舞いの必要もあまりなくなった。
一日の出来事を帰宅した夫に話してくれるが、聞く方も何となく楽しい。
ある時、
「あの、私一人でお話してお耳障りではありませんか。」
エレンに問われ、ウォレス伯は笑って首を振った。
ストレイン伯は、適当な相槌を打つので、
「私の言うことを聞いてくださってますの。」
逆にソフィアに責められた。
何にせよ、忠節に勤しむ夫達は、妻が家を空けても怒るものではなかった。