サミュエルにとってルイーズは遊び友達であり、教師だった。
 何と乗馬の稽古まで付き合ってくれる。
 自ら乗馬服に身を包んだ姿も、良く似合っていた。
 馬に跨っていたサミュエルが、地上に足を付けたと同時に、
「レスター候!」
 声を上げ、手を振る。
 ルイーズが振り返ると、一人の赤褐色の髪の人物が立っていた。
 名前くらいはルイーズも知っているが、会うのは初めてだ。
 レスター候も、
(これが、噂の。)
 すぐに気付いた。
 サミュエルが駆け寄って来る前に、ルイーズが挨拶する。
「レスター侯爵でいらっしゃいますか。私、タイニード家の遠縁に当たる者で、ルイーズ・カネックと申します。よろしくお見知りおきくださいませ。」
「こちらこそ、ルイーズ嬢。テオドール・レスターです。」
 お互い、丁寧に言葉を交わした後、ルイーズは朗らかに訊ねた。
「このような格好ではしたないと思われますか?」
「いいえ。何とも勇ましいです。」
 レスター候としては真面目に褒めたつもりだ。
 赤い乗馬服が、ルイーズの栗色の髪に良く映える。
 澄んだ黒い瞳が屈託のなさを証明するかのようだ。
「レスター候、今日は何の練習ですか。」
 二人の元へ来たサミュエルが問いかける。
「乗馬は終わったようですから、剣にいたしましょう。庭がよろしいですか。」
「はい!」
 三人で馬場から戻ろうとした時、タイニード伯が走ってきた。
 並んでいるのを見て、遅かったか、という顔をする。
 ルイーズも、また何か言われると察したのか、
「サミュエル様、レスター候、私、お先に失礼いたしますわ。」
 さっと風のように駆け出して行ってしまった。
「ルイーズ、そんな服装で走り回るのではない!」
 しかし、タイニード伯の言葉はルイーズの耳に入っていないに違いない。
「レスター候、とんだ所をお目にかけてしまいました。」
「明るくて元気が良くて、よろしいではありませんか。」
 タイニード伯は左右に首を振る。
「とんでもない。そのような事、本人には言わないでください。女だてらに馬は乗る、弓を持って走り回るで、ルイーズの両親からも、もう少しおとなしくさせてほしい、と頼まれておるのです。」
 では、先程のレスター候の言葉はいけなかったのだろうか。
 確かに都では見かけないような女性には違いない。
 だが、タイニード伯が心配するより、ルイーズは女らしいと、ティアラと周囲の貴婦人達は思っている。
 細かい刺繍やレース編みは少々苦手そうだが、作法や言葉遣いが見劣りするわけではない。
 ただ、物事にこだわらない天真爛漫な性格が誤解を招いているのだろう。
 邸の中でおとなしく過ごすことしか知らなかったマーガレットやエレンにしてみれば、人の目を気にせず行動できるルイーズは羨ましい限りだ。
 時に地方領主の娘と思えない優雅さを見せる。
 生来の輝きが内面だけでなく、外見まで及んでいる事に気付く人間は少ないようであった。

 早春特有の肌寒さを感じる一日、女性達は散歩のかわりに音楽室に集い、歌や合奏に興じていた。
 マーガレットはサミュエルと共に長椅子に座り、聴き惚れている。
 公務を終えたエンリックは、その音色と光景に酔いしれることになる。
 個性の異なる貴婦人達は、動いている絵画の如く、映ったのだ。