宮殿の奥深くの事で、知る者はいない。
エンリックは勿体無い気がした。
自分達だけで楽しむのも結構だが、せめて関係の深い人物くらいには教えてやっても良さそうだ。
庭園の中には広い音楽堂もあるが、小さな音楽堂や小舞台もある。
できれば、そこで披露したらどうだろうか。
エンリックの提案にルイーズは乗り気のようだが、さすがにエレンは尻込みした。
「皆様、大丈夫ですわ。ご夫君に聴いていただく良い機会ではございませんか。」
妊娠中を理由に観客に徹するつもりのマーガレットが賛成する。
エレンとソフィアがお互い顔を見合わせ、心の中で同じことを思った。
はたして、自分達の夫は、音楽などに興味があっただろうか、と。
当初はほんの数人の予定であったが、不公平になってはと、エンリックは近臣たちを呼び集める事にした。
以前ティアラがお茶会に招いた面々である。
風のない、穏やかな晴れ間が広がる午後、会場が設営される。
ごく内輪での開催ということで、付近の人の出入りを制限する。
並んだ椅子の数にティアラを始め、皆不安がるのをルイーズが励ます。
「練習の成果がきっとありますわ。気になさるのでしたら、人形だと思えばよろしいのですわ。」
一足先に出てきたのか、サミュエルが貴婦人達に手を振っている。
ティアラは無邪気な弟の姿に安堵した。
エンリックが私的な催しとしたので、彼の隣にはマーガレットが同席する。
前列にはウォレス伯、ストレイン伯、タイニード伯が並ぶ。
演奏が開始されると、ざわついた雰囲気も一気に静まった。
最初はティアラとエレンがハープ、ソフィアがバイオリン、ルイーズがピアノを奏でる。
曲ごとに楽器演奏者が交替する。
合奏の後は二人ずつ合唱だった。
最後はティアラとルイーズが歌い、伴奏はエレンとソフィア。
春まだ浅く、花も咲いていないが、必要なかった。
青い空の下、彼女達自身が、華、であった。
柵を立ててあるわけではないので、どこからか聞こえてくる音色に立ち止まる者も、遠目から立ち見する者もいたようだ。
演目が終わって、一同で礼をすると、盛大な拍手が起こる。
「実に素晴らしかった。」
エンリックが称賛すると、サミュエルがティアラを出迎えに席から離れる。
「とても素敵でした。」
「ありがとう。サミュエル。」
ティアラの頬が薄く染まっている。
微笑ましくマーガレットが見守っている。
座ったままの三人の伯爵達にエンリックが声をかける。
「ほら、貴殿たちも手を貸してやらぬか。子供にだってできるものを。」
慌てて彼らは椅子から立ち上がった。
「おじさま。いかがでしたか。」
「まあ、中々見事だった。」
タイニード伯は内心驚きを隠して、ルイーズにそう言った。
よもや、このような趣味があろうとは。
貴婦人達が舞台から下りると、それとなく談笑の輪が広がる。
「奥方が良い趣味をお持ちでいらっしゃるとは羨ましい。」
口々に賛辞を受けたウォレス伯とストレイン伯は当惑した。
まさか、知らなかったとも、聴いた事がないとも言えないではないか。
タイニード伯も、聞いていた話と違う、と言われ、大いに照れた。
レスター候は一人一人、きちんと挨拶する。
ティアラはもちろん、エレンもソフィアも想像より完璧であった。
ルイーズに到っては、新しい一面を見せ付けられ、印象が強く残る。
「綺麗な歌声でした。ルイーズ嬢。」
「ありがとうございます。お褒めにあずかり光栄ですわ。」
山吹色のドレスに身を包んだルイーズは、決して他の貴婦人に引けを取らない美しさで満ち溢れていた。