音楽会の一件が徐々に広まり始めると、ティアラには直接声をかけられないので、エレンとソフィアの元へ様々な誘いが来るようになる。
お茶会に始まり、音楽会、観劇、詩の朗読会。
ソフィアは親交のある人からの誘いであれば、選んで受けるようにしたが、エレンは気後れが先にたつ。
「ソフィア夫人が一緒に招待されているのであれば行ってきなさい。たまには良いだろう。」
夫婦で遊びに出る機会も少ないし、社交性に乏しい妻には滅多にないと思い、ウォレス伯は反対しなかった。
一過性のことかもしれないが、その中に一人でも、また妻と気の合う友人が出来ればと願っている。
(服の一枚も作ってやらないといけないか。)
ウォレス伯は殊勝にもそう考えたが、自分の口からは言えないので、ストレイン伯を通じ、ソフィアから勧めてもらうことにした。
王宮で顔をあわせた際、ストレイン伯は、
「ウォレス伯もですか。私など妻に催促されました。」
こう返事をした。
毎回、同じドレスを着ていくわけにもいかないと、ねだられたらしい。
普段、あまり我儘も言わない妻なので、承諾してしまった。
ストレイン伯には、何年も婚約したまま、挙式を引き延ばした弱みがある。
ソフィアもそれを承知して強気に出ることが、稀にあるのだった。
花の蕾が膨らみ始めると、エンリックは今日か明日かと、花壇が気になり、待ちかねて部屋に植木鉢まで用意している。
自分で掘り起こすつもりなのだ。
ティアラやマーガレットに誘われて、ルイーズが奥の庭に案内された時、領地へ帰ったような落ち着きを感じた。
エレンやソフィアも、王宮の中に、このような場所があるとは知らなかったのだが、足を踏み入れると何とも心地よい安らぎを覚えた。
同時にエンリックの心の深さを思い知る。
彼女達にとって、国王は遠い人であったが、一家と親付きはじめると、心情豊かな人間像が浮かび上がった。
夫の職務においての有能さを知らない妻は、どのようにして認められたのか、この主君の腹心とされている事を誇りに思うのである。
ストレイン伯は家でも外でも控えめな青年貴族だが、エレンが寡黙だと思い込んでいるウォレス伯は時に雄弁だ。
レスター候とヘンリー卿はエレンに、
「それは貴女の誤解だ。」
何度も言いそうになった。
妻を迎えて以来、空気の変わった友人の邸に遊びに来たレスター候が、
「エレン夫人はまだ本性に気付いてないらしいな。」
と、言えば、ヘンリー卿は、エレンが席を外しているのをいいことに、
「お前、まさか騙しているのではないか。」
とんでもない発言だ。
「人聞きの悪い事を言わないでくれ。」
「本当にそうか。」
ヘンリー卿は尚も詰め寄った挙句、
「大体、夫人の音楽の趣味だって知っていたかどうか怪しいものだ。」
これは図星だから、ウォレス伯も返す言葉がない。
エレンが傍らにいるだけで、会話の必要がないほど満足しているなどと、決して口に出して言えるものではないのである。
エンリックは家族といれば、話も聞くし、自分も会話を楽しむ質だ。
彼もエレンの妙な思い違いに気付いたが、新婚家庭に波風は立てたくない。
つい、ウォレス伯の親友のレスター候に訊ねてしまった。
「レスター候、ウォレス伯は無口だと思うか。」
「不要な事は口にしないと思います。」
問われたレスター候もエンリックが変に感じている理由がすぐにわかった。