ティアラは自分の部屋にいても、居間にいても落ち着かず、礼拝堂を行ったり来たりしている。
 もっとも、時間がかかることであるから、早くても夕方、赤ん坊の泣き声が聞こえるのは夜になるかもしれない。
 陽が傾き、星が出る時刻になっても、扉は閉まったままだ。
 サミュエルは寝む時刻になっても起きていたが、あまり遅くなってもと、無理矢理ベッドに入らされた。
 母の姿が見えない事におびえている幼心を察して、ティアラが寝付くまでそばに付いていた。
 ようやく、居間に戻ると、エンリックが沈痛な面持で座っている。
 それでも、ティアラを見ると、表情をかき消すかのように、微かな笑顔を作る。
「サミュエルは、もう寝たか。」
「はい、やっと。お母様と赤ちゃんの顔を見たがっていましたわ。」
「今夜中には生まれるよ。」
 ただ、待っているしかない時間が途方もなく長く思える。
 どのくらい沈黙が続いたであろうか。
 扉を激しく、ノックする音が聞こえた。
 エンリックとティアラが顔色を変えて、部屋を出る。
「生まれたか!」
「はい、陛下。おめでとうございます。」
 ランドレー夫人が喜色に顔をほころばせながら、言葉を続ける。
「お世継ぎにございます。男の子でいらっしゃいます。」
「お母様は!?」
「もちろんご安産にございます。」
 エンリックはマーガレットの寝室に走りこんでいく。
 生まれたばかりの子供の泣き声が、一帯に響き渡っている。
 真っ赤な顔で、精一杯、生きている事を表現している。
 産声を上げたと同時に皇太子だ。
 小さな体に、国中の希望がかかっている。
 マーガレットは、さすがに疲れたような表情で横たわっていた。
 何か話そうとするのを、エンリックが首を振って止めさせる。
「よく頑張ってくれた。ありがとう、マーガレット。可愛い男の子だ。もう、誰憚ることなく、お前も国母だよ。」
 しっかりと妻の手を握り締めて、言った。

 皇太子殿下、ご誕生!

 夜だというのに、そう報じられると、たちまち宮殿中が、沸きかえった。
 サミュエルは眠ったばかりの、突然の騒ぎに目を覚ました。
 まるで王宮が揺れ動くかのようだ。
 寝間着姿で目をこすりながら、部屋の外へ出てみると、母の部屋に人が出入りしている。
(あ、生まれたんだ。)
 直感的に、走りこんでいく。
 サミュエルに気が付いたエンリックが、抱き上げて大声で叫ぶ。
「弟が出来たぞ、サミュエル。今日から兄上だ!」
 興奮冷めやらぬまま、夜が明ける。
 朝になって眠りについていたのは、出産を終えたばかりのマーガレットと、いつの間にか目を閉じたサミュエルだけかもしれない。
 エンリックは一晩中机に向かい、子供の名前を何度も考えては紙に書き、どれが良いか悩んでいた。