エンリックが大臣達と接見中なので、終わってから退出しよう思っていたのだが、レスター候が後を引き受けて無理に帰宅させた。
長く時間がかかりそうでもあるし、ウォレス伯よりエンリックが喜んで話をしだすように思えたからだ。
ヘンリー卿は結婚話を聞いたときと同じくらい驚き、後日レスター候にだけ言ったものだ。
「ステファンが父親か。妙な感じだ。」
「まあ、あの二人の子ならかわいい子供が生まれるさ。」
揃って容姿が整った夫婦だ。
「女の子だったら、嫁に貰うか。」
冗談か本気かわからない口調だ。
「絶対、本人には言うなよ。ヘンリー。」
もし、ウォレス伯が耳にすれば、
「お前のような男にだけは、娘はやらない。」
とでも言うに決まっている。
「テオドールとステファンが結婚してから周囲がうるさくなった。」
邸にいると肩身が狭いと愚痴をこぼすくらいなら、さっさと妻を迎えればよいのだ。
表面だった女性問題を起こしていないのが不思議なヘンリー卿である。
エンリックはウォレス伯に子ができた事を聞き、父親として一緒に話せる相手が出来たと喜んだ。
気付くのが遅かったのだが、出産予定はエレンの方がマーガレットより少し早いようだ。
性別が同じであれば良い遊び相手になると、エンリックとマーガレットは勝手に決めている。
エレンも調子が良いときは王宮に出向き、マーガレットに諸注意を聞くようにしている。
そうでなければ実家に戻っているか、母のオルト夫人がウォレス家に来てくれる。
エンリックのように職務の合間に抜け出すことは、ウォレス伯には出来ないので、誰か安心できる人間が傍にいてくれると、心強いからだ。
秋の冷え込みが短かったかわりに、冬は急に寒さが押し寄せてきた。
初雪が降る前にと、ティアラから
「皆様と一緒に作ってみましたの。くれぐれもお大事になさってくださいね。」
ウォレス伯は、エレンへ見舞品を託された。
さすがに北風の中、妻を外に出す事はしないので、ずっとエレンも出仕を控えている。
夫を通じて受け取ったエレンが中を開くと、体を冷やさないようにとの心遣いだろう。
毛糸で編まれた暖かそうなショールやひざ掛けが入っており、貴婦人達からのカードが添えられていた。
ウォレス伯は子煩悩な主君のおかげで、予備知識に事欠かない。
わざわざ聞かなくても、勝手にエンリックが教えてくれるので、苦労せずに済んでいる。
「子供に慣れておくと良い。」
たまにローレンスの相手まで仰せつかるのは栄誉な事であったが、困惑もするのである。
小さいローレンスは疲れ知らずで、起きている間は動きっ放しである。
気温が下がり、外に出してもらえなくなると、余計に部屋中を走り回る。
サミュエルが庭に遊びに行こうとすると、泣きながらくっついてくるため、一緒に室内に引き返す事もしばしばだ。
ローレンスが昼寝の時間に大人達は一息入れ、サミュエルは庭園や馬場に飛び出していく。
エンリックが眠っているローレンスに近寄ろうとすると、
「お父様、起こさないでくださいね。」
ティアラに注意を受けることがある。
つい、面白がって顔や手を突付いて、せっかくの昼寝を邪魔され、目を覚ましたローレンスが不機嫌にむずかっても、エンリックは無責任に執務室へ戻ってしまう。
置き去りにされた者達は、結構大変なのだ。
「殿下はお健やかであられますか。」
この類の質問を受けると、エンリックは笑って答える。
「元気が有り余っていて、怪我をしないのが不思議だ。」
また男児が生まれたら、本気で室内の改装をした方が良いかもしれないとまで、考えるのだった。